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毎日新聞

男子50メートル自由形で派遣標準記録を突破した山田拓朗=静岡県富士市の静岡県富士水泳場で2019年3月2日、佐々木順一撮影

パラアスリート交差点

競泳・山田拓朗「恐れない」 パラリンピックの魅力伝えるのが仕事

 今年の世界選手権代表選考会を兼ねた春季記録会が2、3の両日、静岡県富士水泳場で行われ、男子50メートル自由形(運動機能障害S9)で代表入りすることができました。2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックで銅メダルを獲得した僕の得意種目でもあります。選考基準となった派遣標準記録は26秒44。自己ベストはリオ大会でマークした26秒00です。

     レース前のウオーミングアップは、リオの時より調子が良く、「いいタイムが出るのでは」という期待がありました。しかし、終わってみればタイムは26秒43。派遣標準記録より100分の1秒速いだけでした。感覚的なものかもしれませんが、富士山の恵みを受けたきれいなこのプールの水は、どうも軽過ぎてストローク(腕のかき)やキックの力がうまく伝わらないような気がしました。

     世界選手権は当初、7月29日から8月4日までマレーシアのクチンで開かれることになっていましたが、政治的理由で開催権を剥奪されたと聞きました。代替開催都市も日程も、まだ決まっていないそうです。選手としてはどこでいつ開かれようが、最高のパフォーマンスを発揮できるように日々の練習を積み重ねていきたいと思います。

     ところで、僕は昔から居心地の良い状態に満足することが好きではありません。結果として良くなるのか悪くなるのか分かりませんが、常に新しいことにチャレンジしていきたいと思う性分です。

     リオ大会では銅メダルを獲得することができました。タイムは自己ベストで上位との差もわずかでしたが、その泳ぎを研ぎ澄ますよりは、またゼロから作り上げていきたいと思います。僕は変化を恐れない。今回、毎日新聞でコラムを連載する機会をいただき、タイトルにこの僕の信条を選びました。

     水泳を始めたのは3歳の時でした。すごく水を怖がっていたので少しくらい泳げるようになればと、両親が近所のスイミングスクールに連れて行ったらしいです。でも、僕の中では「水が怖い」という記憶は全くなく、むしろ泳ぐのが得意だと思っていました。健常者の子どもたちに交ざって選手コースに進級したり、両親の知人が関係者にいた障害者競泳のチーム「神戸楽泳会」の練習会に参加したりしていました。

     神戸楽泳会では、今でも鮮烈な思い出があります。チームの先輩である酒井喜和さんが、00年シドニー大会の男子100メートル背泳ぎ(視覚障害)で獲得した金メダルを見せてくれたのです。パラリンピックがどんな大会なのか、まだよく分かっていなかったのですが、すごくかっこよくて金メダルがほしいと思いました。今思えば、それがパラリンピックを目指す原点だったのかもしれません。

    山田拓朗「変化を恐れない」

     パラリンピックの魅力とは何か。いくつかあると思いますが、初めて出場した04年アテネ大会のことを思い出します。ある程度水泳をやっていると、「障害の程度からこれくらいの泳ぎはできる」と想像できるものですが、初めて第一線のパラスポーツ選手に触れた時、想像をはるかに超える実力の人がいて衝撃を受けました。想像と実際のパフォーマンスの差がパラ競技の大きな魅力です。それを観客に伝えるのが、僕らパラリンピアンの仕事なのかなと思います。

     競技者としては、本当の真剣勝負をできることが何よりも楽しいです。しびれるような緊張感が大好きです。日々の練習は地道な作業が多いし、こなすのも難しいですが、何回出ても魅力の尽きないパラリンピックのために、今日も練習に励みます。

    やまだ・たくろう

     兵庫県三田市出身。先天性の障害で左肘から先を失った。競泳男子自由形で短距離が専門。パラリンピックには、日本歴代最年少の13歳で臨んだ2004年アテネ大会から4大会連続出場。16年リオデジャネイロ大会は男子50メートル自由形(運動機能障害S9)で銅メダル。NTTドコモ所属。27歳。