透析中止・夫の手記全文 まさか「死ぬための入院」だなんて…

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女性のスマホの画面。死の前日の昨年8月15日に「何時来るの?」と夫に付き添いを催促。容体が悪化した翌16日午前7時50分、「とう(父)たすけて」と読めるメールを送ったのが最後になった=2019年2月10日午前8時43分、東京都内で斎藤義彦撮影
女性のスマホの画面。死の前日の昨年8月15日に「何時来るの?」と夫に付き添いを催促。容体が悪化した翌16日午前7時50分、「とう(父)たすけて」と読めるメールを送ったのが最後になった=2019年2月10日午前8時43分、東京都内で斎藤義彦撮影

 公立福生病院(東京都福生市)の人工透析治療を巡る問題で、亡くなった腎臓病患者の女性(当時44歳)の夫(51)が毎日新聞に手記を寄せた。全文は次の通り。

駆けつけたら既に決まっていた

 私は現在51歳で、妻は昨年8月16日に44歳で亡くなりました。付き合い始めて30年、いなくなるなんて考えたこともありませんでした。仕事をしている時は、まだいいんです。でも、ふとした瞬間に妻を思い出します。それが何よりつらいです。

 妻は週3日、私が送り迎えをし、別の診療所に透析に通っていました。公立福生病院の腎臓病総合医療センターに半年に一度通い、担当の先生(外科医)にシャント(透析用血管の分路)を診てもらっていました。先生は「シャントがダメになったら何とかしてあげる。大丈夫」とおっしゃっていました。腎臓移植も勧められたのですが、移植した腎臓がダメになる可能性もあると聞き、その道はあきらめました。

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