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平成の事件ジャーナリズム史

元社会部長の小川一が個人的体験を交えながら「平成の事件ジャーナリズム史」を振り返ります。

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(9)地下鉄サリン事件と坂本弁護士一家殺人事件から 松本元死刑囚に一人でインタビュー

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オウム真理教により地下鉄にまかれたサリン捜索のため完全装備で営団地下鉄霞ケ関駅に入る東京消防庁の隊員=1995年3月20日撮影
オウム真理教により地下鉄にまかれたサリン捜索のため完全装備で営団地下鉄霞ケ関駅に入る東京消防庁の隊員=1995年3月20日撮影

 1995年3月20日、私は東京・桜田門にある警視庁庁舎9階の毎日新聞のボックスで朝を迎えました。18階建ての警視庁庁舎の9階には新聞、通信、放送計十数社の事件記者が三つの記者クラブに分かれて常駐しています。新聞各社とNHKは記者10人前後、民放はそれよりやや少ないという布陣で、各社とも記者がそれぞれのボックスに交代で泊まり込み24時間態勢で事件を警戒しています。私はこの日の朝、泊まり明けの勤務でした。

 午前8時ごろ、救急車のサイレンが聞こえてきました。警視庁そばの地下鉄霞ケ関駅付近に止まったようなので、朝駆け取材をすませて記者クラブにいた後輩記者に見に行くよう指示しました。ところが、現場に着いた彼は、サリンを吸ってしまい、息が十分にできなくなります。頑張って夜まで働きましたが、その後治療を受けることになりました。地下鉄サリン事件は死者13人、負傷者6000人以上という未曽有の被害をもたらします…

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