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若松孝二とその時代

(20)佐野史郎さんインタビュー 「若松監督も、唐さんも包容力があった」

 若松孝二監督作品の出演者が時代とともに変わるのは当然としても、強烈な印象を残す役者はそういるものではない。「キスより簡単」(1989年)を皮切りに、遺作となった「千年の愉楽」(2013年)まで数多くの作品に出演した佐野史郎さんもその一人だ。連載「若松孝二とその時代」第20回は、若松監督が信頼を置いてやまなかった名バイプレーヤーのインタビューをお届けしたい。若松作品で主演は数本だけだが、その存在感は作品を側面から支えていた。佐野さんが状況劇場のメンバーになった80年から30年以上に及んだ若松監督との交友歴をたどってゆくと、状況劇場を主宰した唐十郎さんとの深い交わりもくっきりと浮かび上がってくるのだった。話を聞くうちに、60、70年代の新宿かいわいで深夜、「若ちゃん」と親愛の情を込めて呼んだという佐野さんと若松監督の会話の一端が今にも聞こえてきそうな気がした。【鈴木隆】

 ――若松監督との出会いはいつで、どんな形で始まったのですか。

 80年の春、僕が状況劇場に入団したばかりで、初めての紅(くれない)テント作品「女シラノ」にその他大勢のような役で出た際の打ち上げの時でした。若松監督がいらしていて、客人としてビールをついだのが最初。監督は入ったばかりの研究生ぐらいにしか思っていなかったでしょうが、こちらは「あの若松監督か」と。唐十郎さんも怖い存在でしたが、若松さんや中上健次さんら強い個性の怖い人がたくさん集まっていた時代でした。…

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