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ウクライナ侵攻

ロシア軍がウクライナに侵攻。米欧や日本は対露制裁を決めるなど対立が先鋭化しています。

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ウクライナ危機の現場を歩いた(3) クリミアが見た北方領土問題 3月初旬@クリミア

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1945年2月にヤルタ会談が開かれたリバディア宮殿=ウクライナ南部クリミアのヤルタで2019年3月1日、大前仁撮影
1945年2月にヤルタ会談が開かれたリバディア宮殿=ウクライナ南部クリミアのヤルタで2019年3月1日、大前仁撮影

 クリミア南西部にある保養地のヤルタは大人でもふらつくほどの強風が吹いていた。街中から数キロの地点にあるリバディア宮殿は、日本にとって因縁浅からぬ地である。帝政ロシア最後の皇帝ニコライ2世が建てた離宮は1945年2月、米ソ英の3カ国首脳が顔をそろえた「ヤルタ会談」の開催場所だったからだ。

 戦後の国際秩序を決めた会談では、ソ連が対日戦線への参戦を約束する一方、現在の北方領土(ロシア語でクリル諸島)を含む千島列島を自国領に組み込むことで同意を取り付けた。このときの密約が北方領土問題として残されて、日露の間に立ちふさがっている。

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【ウクライナ侵攻】

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