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新20世紀遺跡

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/65 東京・板橋 養育院/上 窮民らに降った空襲の魔弾

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養育院から出征する職員=1944年1月18日撮影
養育院から出征する職員=1944年1月18日撮影

 今月下旬、東京・板橋にある東京都健康長寿医療センターには、初春らしい陽光が降り注いでいた。ベンチでくつろぐ高齢者。木の実をついばむ小鳥。平和な風景だ。しかしここには74年前の春、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の世界が広がっていた。

 第二次世界大戦末期の1945年4月13日深夜から未明。米軍の爆撃機B29約160機が豊島、荒川、足立や板橋などに焼夷(しょうい)弾2030トンを投下した。同年3月10日の東京大空襲を上回る量で死者約2400人、被災者は64万人に上った。「城北大空襲」だ。

 その魔弾は、軍施設のみならず民間人の住宅、医療・福祉施設にまでばらまかれた。たとえば同センターの前身である養育院だ。

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