オピニオン

医学・理学・工学が連携 社会に役立つイノベーションに挑む 理学部物理学科 教授
喜多 理王

2019年4月1日掲出

 「異分野融合」をコンセプトに、医学・理学・工学など専門の異なる研究者が結集して、社会に貢献する次世代の医用技術開発に取り組む東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター。現在では、文系分野の専門家も加わり、企業とも密接に連携して、医用技術にとどまらない多様な分野での革新的な研究が行われている。センターの主要メンバーである喜多理王教授に、これまでの研究成果や、センターの今後などについて語ってもらった。【聞き手・中根正義】

 

──まず、先生が所属していらっしゃるマイクロ・ナノ研究開発センターの目的、役割などについて聞かせてください。

 5年前に文部科学省の「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」に採択された研究所で、「高分子超薄膜から創成する次世代医用技術」というテーマを掲げて研究に取り組んでいます。センターには8人の研究者がおり、最大の特徴は「異分野融合」、すなわち工学部、理学部、医学部など専門分野が異なる教員が集まり、一つのテーマに取り組んでいることです。

 センター内には細胞培養室とクリーンルーム、精密な測定を可能にする恒温恒湿室、化学実験室からなる実験室エリアと研究者同士や学生が交流でき、セミナーも開催可能なコミュニケーションエリアでできています。実験エリアの各実験室は田の字型に配置され、細胞培養室で作成した試料をすぐに分析できるようにするなどの工夫もされています。

 研究の主体は、高分子超薄膜という材料の特徴を医学に応用するというものです。高分子は至るところにあり、下敷きのような高分子フィルムを100ナノメートルまで薄くしていくと、糊なしで臓器や皮膚などに貼れる性質が出てきます。その膜を針と糸いらずの絆創膏にしたり、デバイスと膜を使って動物実験なしの疾患モデルをつくったり、この膜を手術いらずの血栓クリーナーにするというような成果を求め、この5年間研究してきました。

 通常、滑らかな面(基材)の上で薄い膜はつくれますが、薄すぎる高分子フィルムは柔らかいためにはがせないのです。しかし、私たちはワンステップで簡単にはがせてしまうので、これを材料として活用していくために特許を取得し、ベンチャー企業も立ち上げました。2月23日には文科省の方にも来ていただいて、5年間の成果報告を行ったところです。そして、今後は大学の研究所としてさらなる研究を行っていくことになっています。

 

「異分野融合」による、新たな研究も産学連携推進

──若手研究者の育成にも力をいれているほか、外部機関との連携にも力を入れていると聞きました。

 この研究所はポストドクターが多いのも特徴で、若手人材の育成にも力を入れています。ポスドクの半数以上は外国人で、日常的に英語が飛び交っています。ある種のグローバルな環境にあり、学生は外国人と一緒に研究していくことができます。

 センターは「創る」「試す」「知る」の3チーム構成になっていて、どれかまたは複数のチームにまたがって8人の研究者とポスドクおよび学生が研究に取り組んでいます。チーム間同士で共同研究テーマがあり、共同で研究しなければ研究目標が達成できないという形になっています。この5年間で論文も年と共に増えているだけでなく、外部からの研究費も増えており、センターを設立したことによる効果は上がっていると感じています。

 さらに、この研究に取り組み始めたことで光学機器メーカーのニコンが注目してくれて、一緒にイメージングセンターをつくらないかという話になり、包括協定を結び、3年前の2016年に開設しました。私立大初の施設で、センターではX線CT、膜の凸凹を測る特殊な顕微鏡などがそろっています。ニコンでは初めての産業機器とバイオ機器を集めた施設で、細胞レベルの微小なものからエンジンのような大きなもの、柔らかいものから硬いものまで、一カ所で見ることができ、外部機関の利用にも応じています。

 

──さまざまな可能性を秘めているのですね。

 新たに立ち上げたベンチャー企業では高分子膜の製造販売をしています。顕微鏡のカバーガラスに代わって我々の膜を使うと、今まで見えなかった像が撮れるようになってきているのです。本センターの岡村陽介准教授(工学部応用化学科)と樺山一哉准教授(大阪大学理学研究科、元東海大学糖鎖科学研究所准教授)がイメージングの専門家なのですが、彼らが学会で発表すると、相当数の引き合いがあります。それにマンツーマンで対応するのは大変なので、会社を設立して技術講習をし、モノも売るという形にしたわけです。私たちが取得した特許を活用して成果を社会に還元することを考えています。売上げが上がればそれを奨学金として学生支援をする構想もあります。

 今までは医理工連携でしたが、今後は総合大学としての東海大学の特色を生かし、文理融合、さらには健康・スポーツ・体育との融合まで掲げて進もうと考えています。すでに、文化社会学部の山花京子准教授が南米ペルーの国宝級の遺物をイメージングセンターに持ち込んで、非破壊で内部構造の解析をしています。

 

「覆水盆に返る」研究が生命の起源解明に!?

──先生が今、取り組まれている研究について教えてくだい。

 私の専門は高分子、生体高分子などの性質を調べることなので、マイクロ・ナノ研究開発センターのなかで私が取り組んでいるのはそうした観点からの研究です。

 「覆水盆に返らず」ということわざがあります。コップに入った水に墨汁を一滴垂らすと拡散して元に戻ることはないのですが、実は完全ではないものの元に戻すことができるのです。一般的には、高分子や液体を調べるときは試験管に入れ、キャップをして温度や圧力は一定で何らかの物理的刺激を与えて応答を計測解析し、何が起こっているかを理解する。それを分子レベルでもマクロレベルでも、いろいろなサイズ、空間、時間スケールで調べるということを日々行っています。このような測定は熱力学的には平衡な状態で行います。実際には自然界ではキャップをしているようなところはどこにもない。温度は変わっているし、モノの出入りはあるし、化学反応も起きている。つまり、平衡ではなく、非平衡系なわけです。それが私の研究対象で、非平衡系での輸送現象を調べています。この現象を気体などではなく、もっと複雑な身の周りの物質、高分子やたんぱく質、DNAといったマテリアル相手に非平衡系での分子物性研究をしています。平衡系はこれまで様々な実験や実証研究が行われてきましたが、非平衡系は理論は進んでいるものの、実験はまったく進んでいません。なぜなら、平衡に比べて難しいからです。だからこそ、アタックのし甲斐がある。

 ただ、非平衡系といってもあまりに広いので、私がコップで創造する非平衡系は、温度の高いところと低いところをつくるだけです。それだけで、コップのなかは非平衡になります。そうすると、コップに溶けている砂糖は何もしなければ拡散して混ざってしまいますが、温度の高低をつくるとどちらかに寄っていく。それは普遍的な現象で、それをきちんとデータを取り、メカニズムの解明を目指しています。

 一般に、モノを水や溶媒に溶かして実験をすると、皆、最終的には冷たい方によっていきます。それはある程度、定性的には物理学で説明できるのですが、生命現象のカギを握るたんぱく質やDNA、多糖類は、今の物理学の常識を打ち破るように温かい側によっていってしまう。それはなぜなのかを調べています。

 もう一つ、現在では細胞のなかの温度分布の写真が撮れるのですが、細胞の中というのは温度の高いところと低いところが非常にカラフルで、ごく微小な細胞のなかで温度の勾配が私の行っている実験よりもずっと強い勾配をつくっているのです。だとすると、細胞は温度勾配下で高分子が温かい方向に行くということを積極的に活用しているかもしれません。そこには我々の知らない生命現象があるかもしれず、生命の起源につながる研究になるかもしれません。

 

──福島で起きた原子力発電所の事故に関わる実験にも取り組まれているそうですね。

 今説明した現象は、触らずにモノを動かしている技術といえ、「熱泳動現象を利用したトリチウム水の分離」という福島の原発事故で発生した汚染水をこれで分離することを目的とした研究を進めています。高分子と水の混ぜ物と比べると、福島の汚染水はトリチウム水と水の混ぜ物なのです。トリチウム水を普通の水から取り除くのは非常に難しく、その結果、あれだけ大量にタンクに溜まってしまったわけです。

 汚染水に流しながら温度勾配を与え、出口で濃いところと薄いところに分け、それを最適化する。例えば10回繰り返せば汚染水が十分に薄まって自然環境に戻せればよいわけです。マイクロ・ナノ研究開発センターにはマイクロ流体デバイスを使って流れを自在に操る専門の先生[木村啓志准教授(機械工学科)]がいるため、共同研究をしています。これも、異分野融合を掲げるこのセンターだからこそと言えるでしょう。

 生体分子の構造と機能ということについては、私の専門は物理学なので細胞を扱うことは苦手です。マイクロ・ナノ研究開発センターには細胞の専門家である医学部の大友麻子先生がおり、iPS細胞などを用いて神経細胞の研究をされています。先ほどの細胞の温度勾配の実験を協力して進めることで、新たな研究成果が生まれるかもしれません。

 今回のお話はこのセンターで行っている研究のほんの一部です。専門が異なる多くの先生方との共同研究テーマがさらに増えることで、このセンターを拠点に新しい研究成果が数多く発信されるとともに、一緒に研究する学生たちには大いに活躍してもらいたいと思っています。

理学部物理学科 教授 喜多 理王 (きた りお)

1999年群馬大学大学院工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)。理化学研究所 基礎化学特別研究員、ドイツ マックス・プランク研究所(高分子) グループリーダーを経て、2005年東海大学理学部物理学科講師。2014年より現職。Colloid and Polymer Science誌副編集長。日本バイオレオロジー学会理事。高分子物理、熱力学、溶液論を専門とし、ソフトマテリアルを対象に平衡および非平衡状態での物性研究に従事。 東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター所長を兼務。東海大学発ベンチャー企業「株式会社チューン」代表取締役社長。