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若松孝二とその時代

2012年10月17日に若松孝二監督が突然の事故で逝ってから5年半余りがたった。「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」「キャタピラー」「水のないプール」「天使の恍惚(こうこつ)」「赤軍-PFLP・世界戦争宣言」「犯された白衣」など、日本映画史に残る傑作、問題作を数多く残した鬼才の死を惜しむ声は今も少なくない。「映画を武器に世界と闘う」「日本映画界をブチ壊す」--。半世紀にわたって、体制への怒りと反抗心をむき出しにした若松監督がこの国にもの申し、時代を撃ち続けた力の源泉とは何だったのか。ゆかりの深かった関係者へのインタビューなどから、にんげん・若松孝二の原点と魅力に迫る。

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若松孝二とその時代

(21)足立正生さんインタビュー・上 「お互いの三つのルール」

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「血は太陽よりも赤い」の一場面。若松孝二監督と足立正生さんが初めてコンビを組んだ作品。これ以降、2人で数多くの傑作、話題作を世に送り出すことになる=若松プロ提供
「血は太陽よりも赤い」の一場面。若松孝二監督と足立正生さんが初めてコンビを組んだ作品。これ以降、2人で数多くの傑作、話題作を世に送り出すことになる=若松プロ提供

 2012年10月に不慮の交通事故で若松孝二は急逝した。長年伴走した脚本家・監督の足立正生さんは本紙への寄稿で<反骨魂と直感力だけを頼りに多作を続けた。差別され、行き詰まった危機をがむしゃらな突貫精神で突き切ることをよしとしていた>と盟友の死を悼んだが、その衝撃は今も薄れていない。「若松孝二とその時代」第21回は、映画作りに命を燃やした男を最も知る人に登場を願った。苦楽をともにした足立さんでなければ知り得ない話の数々は、若松の人間臭さだけでなく、時にコミカルな一面をも映し出す。2人の出会いと親交から生まれた数々の傑作や問題作は「がむしゃらな反骨魂」にあふれ、長い歳月が過ぎた現代でも輝きを失わずに時代を照らし続けている。【鈴木隆】 

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