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教育デザイナー、一般社団法人「i.club」代表 小川悠さん

「なまり節ラー油」を開発した女子高校生ら(当時)=i.club提供

「未来をつくるアイデア」を世の中に

 気候変動や貧困、南北間の経済格差など現代社会はたくさんの問題に満ちている。「だれもが未来をつくるアイデアを出せる世の中に」と活動しているのが、一般社団法人「i.club」(アイクラブ、東京都文京区)代表の小川悠さん(31)だ。それを実現させる手段として、東日本大震災の被災地をはじめ各地の学校をめぐり「イノベーション教育」の推進を図っている。(聞き手 本誌・明珍美紀)

     --イノベーション教育とはどんな内容でしょうか。

     小川さん 日本ではイノベーションを「技術革新」と訳すことが多いのですが、より広義の意味で「未来をつくるアイデア」といっています。それは人々の価値観や行動、習慣を変化させるアイデアを出し、普及させ、未来をつくることにつながり、そのための学びをイノベーション教育と呼んでいます。私が重きを置いているのは、未来の世代、すなわち子どもたちといまの大人たちが出会い、協働しながらアイデアを形にしていくことです。

     --ご自身はどこでそれを学んだのでしょうか。

     小川さん 東京大学i.school(アイスクール)というプログラムを受講したのがきっかけです。イノベーション教育の実践の場として東京大学の知の構造化センター内に2009年に創設され、私はその2期生。(アイスクールの)エグゼクティブディレクターである(同大の)堀井秀之教授らの指導を受けました。

     --具体的には。

     小川さん 「僕は天才ではありません。なぜかというと、自分がどうしてヒットを打てるか説明できるからです」。これは著名な野球選手の言葉といわれていますが、アイデアをつくるときの考え方にも作法のようなものがある。授業ではその作法を学び、実際に使ってみながら心構えや動機付けを得るものでした。

     --在籍中に東日本大震災が発生しました。

     小川さん アイスクールのメンバーでチームをつくり、震災から3カ月後に宮城県の気仙沼に向かいました。中長期的な支援が必要だと予想されたため、まずは漁師の方々や自営業、塾の経営者など住民のヒアリングを実施しました。そこでみなさんが口にしていたのは、「若者がいなくなる」「地場産業はどうなるのか」といった不安感でした。高校生に聞いてみると「マック(マクドナルド)もない、スタバ(スターバックス)もない、そんな地域から早く出たい。仕事だってない」などの声が聞かれ、未来をつくることに思い悩む大人と高校生の姿が浮き彫りになりました。

     地元の魅力を理解する機会がない。同世代や世代の枠を越えたつながりを持つ機会がない。未来をつくるアイデアを学んだことがない。この三つの「ない」を解決しない限り、真の復興は望めないと感じました。

    小川悠さん

     --震災の被災地に限らず、多くの地方が抱えている問題です。

     小川さん 言い換えれば、被災地の子どもたちが未来をつくるアイデアを出し、自分たちの人生を切り開いていけば、地域活性化のモデルケースになる。そこでアイスクールを修了した2012年から気仙沼に通い、公民館などで高校生を対象にしたイノベーション教育の講座を始めました。

     初年度のプログラムは「気仙沼のドライフードのイノベーションを考えてみよう」。地元にどんな食材や郷土料理があるかを調べることで、高校生たちは新たな発見をします。気仙沼はカツオの水揚げ量が全国有数の地。そのカツオによる伝統的ななまり節をほぐしてラー油と組み合わせた「なまり節ラー油」というアイデアを生徒たちが発案し、クラウドファンディングの活用で商品化されました。画期的だったのは、これを製造するために地元の会社が協力したことです。

     --子どもと大人のつながりができたわけですね。

     小川さん 子どもたちが行動を起こせば、大人たちも動かないわけにはいかない。以後、福島県の西会津市や岩手県遠野市、静岡県富士市、水戸市や長崎県の壱岐市などに活動が広がりました。一部の高校では、通年でイノベーション教育を取り入れています。その学校の教師が授業できるよう、カリキュラムもつくりました。

     --カリキュラムの内容は。

     小川さん イノベーションとは何かなど基本的な事項を説明し、作法としてアイデアをつくる原則や手順、評価をみていきます。

     まずは作法の原則ですが、すぐにグループで話し合うのではなく、個人の考えをまとめてからメンバーで意見を共有してグループワークに移る。それと、相手の意見は否定しないこと。逆によいところを見つけてさらに発展させるよう工夫する。よいアイデアはそれぞれのアイデアが積み重なることで生まれます。

     手順というのは、アイデアを出す流れのことを指します。アイデアをひねり出そうとするのではなく、いまの価値観や行動、習慣について、どんな変化を起こしたいか、つくりたい未来について自分が気づくことが大切です。そのうえで世の中のアイデアを探求し、そこから得たヒントをもとにアイデアを考え、変化の場面を確認しながら実行計画を立て、伝わりやすいような言葉にします。

     --どんな成果がありましたか。

     小川さん 水戸市の女子高では当時2年生の生徒たちが、干しいもを使った「ほしいもグラノーラ」を提案し、地元の農家やホテルの協力で商品化されました。全国の生産の9割を占める茨城の干しいもを「毎日の食卓にのぼる食材に」と取り組んだ結果です。

     昨年からは中学生を対象にした教室も本格化させ、鳥取県江府町の中学生が「総合的な学習の時間」のなかで「まち・ひと・しごとの未来をつくるアイデア」を作成しました。まさに大人が考えていることと同様のことを中学生が挑むプログラム。これから全国的に展開したいと思っています。

     --生徒たちと接して感じることは。

     小川さん 子どもたちは先入観や固定観念がない分、発想が豊かです。それを引き出すのが大人の役目。いまの世の中は情報があふれて変化が激しい。未来予測が難しく、不確定な時代に、「自分たちで自分たちの未来を考える」ということが、ますます重要になってきます。

     --ご自身はどういう未来を望みますか。

     小川さん 震災の翌年、気仙沼で私の講座を受けた女子高校生が、いまは20代半ばになり、地元企業で働いています。「イノベーション教育を受けなかったら、私は気仙沼の魅力やアイデアづくりの楽しさに気づくことができなかった」と彼女は言い、そうした若い世代がこれからの被災地の復興をリードしていくのだと思います。

     他のだれかに任せるのではなく、自分にしかつくれない未来を目指す。そのための「アイデアをつくりたい」と思う子どもたちが増える未来にしていきたい。

     おがわ・ゆう 1988年横浜市生まれ。父の仕事の関係で少年時代を英国で過ごす。東京大大学院工学系研究科修士課程修了。東日本大震災での復興支援活動や東京大学i.schoolなどでの体験をもとに、だれもが未来をつくるアイデアを出せるための教育プログラムを開発・提供するi.clubを2012年に創設。「酒粕ミルクスイーツ」や「車麩ラスク」など教育プログラムから生まれたアイデアの商品開発のプロデュースも行う。

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