1万円札の渋沢栄一、1000円札で伊藤博文と競って落選した理由は「ひげ無し」

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渋沢栄一の業績などを紹介する史料館の入り口で写真を撮る人たち=東京都北区で2019年4月9日午前9時57分、佐々木順一撮影
渋沢栄一の業績などを紹介する史料館の入り口で写真を撮る人たち=東京都北区で2019年4月9日午前9時57分、佐々木順一撮影

 20年ぶりとなる紙幣の刷新が政府から発表された9日、1万円札に肖像画が使われることになったのは渋沢栄一(1840~1931)。渋沢は埼玉県深谷市生まれの実業家。明治維新後に大蔵省(現財務省)に入省し、辞職後は日本初の商業銀行である第一国立銀行を設立した。製紙、紡績、保険、鉄道など多くの起業に携わり、「日本資本主義の父」と呼ばれた。引退後は社会福祉や教育の発展に尽力した。

 渋沢の活動を紹介する渋沢史料館(東京都北区)の井上潤館長は「いずれはという期待があったのでうれしい。渋沢の考え方を知ってもらうきっかけになってほしい」と話した。

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