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社会人野球の現在地

90回の節目を迎えた都市対抗野球大会。会社の業績や経済情勢の影響を受けながら、時代とともに変化する社会人チームを追いました。

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都市対抗野球90回 第2部・時代とともに/2 きらやか銀行(山形) 職場への感謝、忘れず

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きらやか銀行が悲願の初出場を果たした第87回都市対抗野球大会。赤に染まった応援席と選手たちが一体となった=東京ドームで2016年7月19日、望月亮一撮影
きらやか銀行が悲願の初出場を果たした第87回都市対抗野球大会。赤に染まった応援席と選手たちが一体となった=東京ドームで2016年7月19日、望月亮一撮影

 <社会人野球の現在地(いま)>

 昨秋就任したきらやか銀行の村上真監督(39)が、初めてのミーティングで口にしたのは厳しい言葉だった。「職場の理解を得て野球ができるのを当たり前と思っていないか」

 前身の山形相互銀行硬式野球部として1952年に創部。殖産銀行と合併した2007年秋に銀行からの支援を打ち切られ、クラブ化された。当時、主将だった村上監督は「誇りを持って取り組んでいただけに、多くの選手がチームを離れた」と振り返る。二十数人いた選手は半分近くに減った。全体練習は休日だけで、平日は終日勤務した後に自主的に体を動かす程度。試合になるとOBに頼み込んで一、三塁のコーチに立ってもらうなど苦労が絶えなかった。

 だが2年後の09年、企業チームとして再スタートを切った。「頭取から『二つの銀行から集まった職員の心を一つにするシンボルに』と言われたのが印象的だった」と村上監督。その後は新人選手の採用を再開し、春季キャンプや関東遠征も実施するようになって地道に力をつけ、創部65年目の16年に悲願の都市対抗初出場を果たした。勝利した1回戦は約6000人が応援に駆けつけ、東京ドームのスタンドがチームカラーの赤に染ま…

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