- ツイート
- みんなのツイートを見る
- シェア
- ブックマーク
- 保存
- メール
- リンク
- 印刷

2020年東京五輪・パラリンピックで活躍が期待される選手たちが競技の枠を超えて語り合う「Promises 2020への約束」。今回は射撃とアーチェリーの第一人者が対談した。世界選手権優勝の経験がある射撃の松田知幸(43)=神奈川県警=とロンドン五輪アーチェリー男子個人銀メダルの古川高晴(34)=近大職。どうすれば遠く離れた的を正確無比に撃ち、射抜くことができるのか。対談は熱を帯び、ターゲット競技の奥深さを感じさせた。【構成・田原和宏、松本晃、写真・内藤絵美】
手が震えるほどの重圧かかる世界の舞台
――お互いに何度も五輪を経験されていますが、手が震えるほどの勝負はありましたか?
古川 いろいろな意味でありますね。緊張で手が震えたり、集中力が高まりすぎてそうなったりしたことがあります。
松田 10年世界選手権は50メートルピストルと10メートルエアピストルの2種目で優勝しましたが、最初の50メートルピストルは緊張し過ぎてグリップを握りっぱなしで試合が終わっても手が離れませんでした。世界選手権優勝は日本の射撃界にとって初めてで、その意識もあって重圧をすごく感じました。
古川 弓を引く力は20キロ以上で、30秒ほど引いたら手がぶるぶると震えてきます。少しでも緊張したら震えますね。震えたら絶対に勝てないです。いつも通りにぴたりと止まらないと勝てない。今もありますよ。12年ロンドン五輪でメダル獲得を決めた時はそういうことはなく、完璧に集中していました。緊張という意味で震えたのは最初の04年アテネ五輪。足が震えてというよりも、下半身がない感じ。全然力が入らなかったです。
――射撃は距離が遠くなるほど難しくなるものですか。
松田 狙うということでは10メートルも50メートルも変わらないです。距離が遠ければそのぶん、的が大きくなることもあります。アーチェリーは風を読む力や経験が重要ですか?
古川 経験もありますが、風を見るしかないです。風上の木が揺れていたら風が来るなと思います。
松田 私は撃つ瞬間のインパクトをすごく大事にし、そこに集中しています。アーチェリーは風を予測しないといけないし、撃つことだけに集中できないのでとても難しいと思います。
古川 僕からすれば射撃の動作はとてもシンプル。腕を上げてトリガーを引いて撃つ。勝手な想像ですが、シンプルなだけに僕ら以上に集中しなければいけないと思います。
松田 インパクトはそうかもしれません。古川さんは、どのぐらいの精度で狙っているのですか。
古川 矢の当たる場所を伝えるのに、時計に例えて「何時の何点」と言うのですが、撃った瞬間に「何時の何点」に行くという感覚はあります。それを超えると、弓を引いた瞬間に「これは絶対に10点に入る」というのもあります。
松田 ゾーン(※スポーツ選手が極度の緊張と集中力の中、競技に没頭することで到達する特殊な精神状態)ですね。私もあります。勝手なイメージですが、弾が通過するラインというか光のようなものが見えてそのままバシッと当たることはあります。放物線? いや直線です。50メートルは少し放物線のようになるのですが、やはり弾丸なので。矢は山なりですか。
古川 そうですね。矢の軌道で一番高い所で地上3メートルぐらい。10点の的に続く放物線のトンネルなんですよ。そのトンネルに入れば10点に当たるという感じです。これがターゲット競技ですよ。
――ゾーンに入る条件は?
松田 入ろうと思って入れるわけではありませんし、狙って入れるわけでもありません。自分なりに集中力が高まり、精神状態が安定していないと駄目だと思います。
古川 昔はゾーンに入っていると意識した瞬間、外れたりしたのですが、今は毎試合、勝手にゾーンに入ります。成績を出そうと集中すれば、勝手にゾーンに入って(的の中心に)当たる。どんな撃ち方をしても当たる時はあります。ほどよい緊張ときちんとした集中があれば。
松田 自分はまだそこまで到達できていないですね。
撃つ瞬間、トリガーだけに集中
――矢を射るのも銃を撃つのも動作を無意識で再現するために練習する。試合の時のチェックポイントなどありますか。
松田 チェック項目はたくさんあります。ただし、練習するうちに自動的にできる部分があります。一つ一つチェックしたら、それこそ精神的にもたないので。できる限り動きを自動化して、無意識で勝手に動くようにして。私の場合、気を付けないといけないのはトリガーの部分。いま集中しているのはそこの部分だけ。あとは全部自動化できるようにしています。最初は腕の角度から足の位置、グリップの力など細かなチェック項目が何十カ所もあり、そこを一つ一つ確認していましたが、今は撃つ瞬間のトリガーだけです。
古川 松田さんの感覚でトリガーは「握る」ですか。
松田 いや、私の表現で言えば「落とす」です。我慢しながら最後にカチッと「落とす」感じ。だいたいトリガーの重さは500グラムなのですが、500グラムを引こうとすると結構重い。遊びの部分と、きちんと引かなければいけない部分とに分かれていますが、最後の何十グラムを「落とす」時、10点に当たる位置で揺れることなく、引かなければいけない。引くというよりも「落とす」「離す」というような感覚です。
古川 アーチェリーはちょっと違いますね。弓は少しだけ引くのと、あごまで引くのとではパワーが違う。クリッカー(※弓を一定の長さまで引くと音が鳴り、リリースのタイミングを一定にするための付属品)というものが付いていて、カチンと鳴る。まさにクリッカーを「落とす」。ただ弓を引いて離すのではなく、あごに(引き手の指を固定する)アンカーした状態から残り1ミリぐらいですが、じっと伸ばしながら狙いを付ける。
松田 最後の部分は一緒ですね。力でトリガーを引こうとすると銃は動くので、狙いが外れてしまう。どれだけ自然に離せるかが大事です。
古川 違うなと思ったのは、僕はフォームが揺れ動きます。弓を押す手、引く手の両方使うのですが、引きが強すぎたら押しが負けてきちんと狙えないし、押しが強すぎると引きが負けてクリッカーを外せない。どちらもおろそかになってはいけない。体の動作としては射撃と同じものを目指していると思うのですが、感覚は揺れ動きますね。
――どちらも偶然の出合いで競技を始めたんですよね。
松田 自分は警察の仕事の一環で射撃を始めたので、やりたくて始めたわけではありません。最初は交番のお巡りさんの腰に付けている拳銃です。警察学校の訓練で初めて手にしました。訓練する中で成績が出て「五輪競技があるからやってみないか」と言われました。最初の頃は全然当たらない。自分は決してうまくはなかったです。
古川 何か光るものがあったから、やってみないかと言われたんですよね。
松田 私はかなり遅咲きです。拳銃はセンスが大事で、通常は1、2年で成績が出始めるもので、うまい人は最初からうまい。自分は6年ほどかかりました。高校まではバレーボールやサッカーなどをしていましたが、射撃ほど秀でる競技はなかったです。射撃に出合い、自分の存在価値を見つけたからこそ、これだけ長く続けられています。
古川 時間がかかっても、花を咲かせることができた要因は何ですか。
松田 めちゃめちゃ負けず嫌いなので。耐える力があったから6年間我慢できたのかなと思います。普通は諦めてしまうところですが、負けたくなかったので、必死に食らい付いたという感じですかね。
古川 僕は中学の時、英語部でした。球技の応援で青森県総合運動公園に行った時、偶然に弓道の試合を見かけてかっこいいなと思いました。ところが、高校には弓道部がなくて、アーチェリー部があったので始めました。アーチェリーを始めてからは弓道への未練は一切ありません。僕も同じく負けず嫌いなんですよ。僕らの競技は数字として点数が表れますよね。勝ち負けがはっきりしている。勝ってうれしくて、負けて悔しくて。その繰り返し。悔しさを晴らすにはやっぱり練習するしかなくて。
松田 シンプルですよね。結果を出すか、出さないか。結果を出すために努力して、その結果はダイレクトに自分に跳ね返る。
古川 相手と点数を比べますが、自分自身の勝負、的との勝負ですからね。自分の成長がはっきり分かるところがいい。スコアは今も伸びていますか?
松田 ここ数年は伸びていませんが、勝つ確率は上がっています。点数は上がり切った感じですが、安定して高い点数を出せています。
古川 一緒ですね。松田さんには理解してもらえると思いますが、調子が良ければこれぐらい、悪ければこれぐらいという点数が分かる。最高得点だけを意識したら駄目ですよね。自分のアベレージ(平均)を出すように僕は意識しています。
松田 一緒ですね。私は「コンフォートゾーン」(※心理学などの用語でストレスや不安がない精神状態)という言い方をしますが、その状態でいられる幅を広げる努力をしています。この幅が高いレベルであれば勝つ確率が高まる。
成績を左右するメンタル面の制御
――競技を辞めようと思ったことはありますか。
古川 僕はありません。アーチェリーが大好き。練習がつらいと思ったこともありません。人間関係とかでストレスがたまったら、練習したらさっぱりします。
松田 私はありました。そんなに長くやるつもりがなかった。競技者として生きていこうという感覚はあまりなく、08年北京五輪でスパッと辞めようと思っていたのですが、結果を出せなくて、次こそ、次こそというような感じで。古川さんの今のモチベーションは楽しさですか。
古川 今は勝ちたいですね。五輪でもう一つ上の金メダルを取りたい。楽しい、好きというのはもっと基礎の部分ですね。ロンドン五輪の銀メダルは運が味方しました。アーチェリーは韓国が強いのですが、韓国の選手と準決勝で当たるはずが、(相手が)準々決勝でオランダの選手に負けた。メダルを取ったことが自信になって、そこから団体戦だけでなく個人戦でも国際大会でメダルを取れるようになりました。
松田 私はまだ五輪だけメダルがないんですよ。世界選手権に勝って、2年前はワールドカップ(W杯)のグランプリファイナルに勝つことができました。いつも記者さんから「あと五輪だけ。何が足りないですか」と聞かれるのですが、こちらが教えてもらいたいくらい。東京五輪のメダルだけを目標にやっていてその後は考えていません。辞めるかもしれないし、射撃が好きなので続けるかもしれない。
――五輪は特別ですか。
松田 確かに五輪は特別な雰囲気だったりしますが、単純にW杯は年間に何試合もあるのに比べ、五輪は4年に1回。最近気づいたのはその差なのかなと。何回も出場すれば自分にもチャンスがあるととらえるようにしています。
古川 簡単じゃないですよね。僕も16年リオデジャネイロ五輪では自分に負けた。「2大会連続のメダルが懸かる古川」などと紹介され、それを気にしている時点で完全に集中できていなかった。リオでは気負い過ぎた部分がありましたね。
――メンタル面のコントロールが重要になるということですね。
古川 僕が聞きたかったのは、呼吸をどうしているか。射撃の時、どうしていますか。
松田 限りなく止めています。ぐっと止めると力が入るので、細く長く(息を吐く)という感じですかね。実際は息は出ていないが、ほんの少し息を吐いているような意識です。メンタル面は射撃に出合って性格が変わったというか、射撃向きに性格を変えていきました。もともと気分屋なので同じことを繰り返すのが苦手でした。
古川 それ、分かりますね。競技を追い求めたらそうなります。10点でも、ミスしてもポーカーフェースでいないといけない。同じことを繰り返すためには気持ちも落ち着いていないといけないし、自然と集中しないといけない。そういう競技ですね、ターゲット競技は。
松田 感情の起伏を出さないようにね。それが出ると駄目なので。自分でコントロールできるようになっているので、何があってもセルフトーキングして修正できるのが自分の強みだと思います。
古川 同じです。自分自身をコントロールすることが求められる。いらいらしていたら深呼吸などで落ち着くことができる。
松田 話は変わりますが、アーチェリーはどこを狙うのですか。
古川 照準器で真ん中を狙うのですが、力を入れているから動きます。トップ選手は10点の射程内で動いている感じですかね。基本的にピタリと止めるようにしていますが、動いていますね。一番風が強い試合で左上の4点を狙ったことがあります。左奥からすごい風が吹いていて、左上の4点を狙って10点に入る。
松田 射撃は逆ですね。射撃は照準器を動かして当てる位置を変える。銃先には「照星」という突起物のようなものがあり、手元にある「照門」を通して標的と合わせます。照準器はネジで調整します。常に一定に、寸分の狂いもなく狙います。
照準合わせ 東京2020に一歩一歩

――東京五輪に向けて。
松田 私は五輪で金メダルどころかメダルも獲得していない。メダルが目標。東京五輪は射撃という競技を広めるための願ってもないチャンス。そのためには活躍することが条件となります。足りない部分を埋めるために残りの時間を大切に頑張りたいです。
古川 東京五輪で成績を出したい気持ちはありますが、メダルを意識すると自分に重圧をかけてしまう。心掛けているのは、一つ一つの大会で目標を決めて課題を見つけ、クリアしていくことです。
――最後に対談を終えて。お互いの印象を。
松田 古川さんは優しそうなのですごく温和な方なのかなと思いましたが、芯が通っている。自分もそうですが、負けん気が強い。だから強い選手なのだと思いました。
古川 競技経験もたくさんあり、すごく落ち着いた方なのだろうなと思っていましたが、実際に話してみると熱いものがありますよね。競技に対する熱い思い、五輪でメダルを取るという気持ちをすごく感じました。