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大阪・あいりん半世紀、秘蔵ネガ1万枚ネット公開 地元カメラマン

求人業者と労働者が集まる、あいりん地区付近の「寄せ場」(1969年)=中島敏さん提供
中島敏さん=大阪市住吉区で2019年3月19日、望月亮一撮影

 大阪市西成区のあいりん地区で労働者の日常を50年前から記録し続ける地元のカメラマン、中島敏(さとし)さん(71)が14日、インターネット上で写真を保存・公開する「フォトアーカイブ」を開設する。1969~95年に撮影した写真およそ1万枚分のネガフィルムをデジタル化し、順次公開する。かつての労働者の暮らしぶりや変わりゆく街並みを伝える貴重な資料で、専門家は「これだけ長期間、定点観測した記録は珍しい」と指摘する。

 中島さんは写真の専門学校を卒業後、プロカメラマンの助手になったが、人間関係に悩んで半年ほどで写真家になる夢を諦め、アルバイト生活を始めた。その後の69年、日雇いの仕事を求めてあいりんに移り住んだ。翌年に大阪万博を控えた時代。パビリオン建設などの仕事は高給で、中島さんの日当は3倍になった。

 ある日、簡易宿泊所で酔いつぶれて寝ている労働者を撮ったのがきっかけだった。「これは自分にしか撮れない写真だ」と手応えを感じた。ともに汗を流して働く仲間だからこそ撮れた一枚。中島さんにしか写せない姿だった。この時から、労働者らの何気ない日常などをフィルムに収めてきた。

 ただ、半世紀の間に街並みは大きく変わった。蚕棚のようなベッドが並ぶ簡易宿泊所は80年代、ビジネスホテル型に。バブル崩壊後の90年代から路上生活者が急増した。「記録し続けないとだめだ」という使命感が湧いたという。日雇いの仕事をやめた95年以降も、愛機をデジタルカメラに持ち替えて撮り続けた。

 近年は高齢化で労働者が激減し、外国人旅行者向けのゲストハウスへの改装が進む。中島さんは昨年までに、あいりんの様子を定点観測するなどした写真集を4冊出版。ただ大半が未収録で、自宅には1万枚を超えるネガフィルムが残されたままとなった。

 そこで、あいりん地区を研究する知人の原口剛・神戸大准教授(42)に相談。「貴重な記録だ」と言われ、ネット上で保存するアーカイブ化を提案された。写真の保存に詳しい大阪市立大の桜田和也特任講師(40)の協力も得て、作業を進めてきた。デジタル化で写真の背景に映るポスターなどが鮮明になり、当時の社会情勢を分析する手がかりにもなるという。

あいりん地区で撮影したネガを相談しながらデジタル化する中島敏さん(右)ら=大阪市住吉区で2019年3月19日、望月亮一撮影

 中島さんは「あいりんは今後も変わっていくが、労働者たちが飾らず、ありのままに生きた姿を後世に伝えたい」と意気込む。アーカイブのアドレスはhttps://atom.log.osaka/index.php/sn01【柴山雄太】

あいりん地区

 日雇い労働者が仕事を求めて集まる「寄せ場」がある、JR新今宮駅南側の地域。旧地名の「釜ケ崎」でも知られる。ピーク時の1980年代後半は日雇い労働者が2万人を超え、200軒以上の簡易宿泊所があった。さまざまなトラブルに端を発した労働者の騒ぎは「西成暴動」と呼ばれ、61~2008年に計24回起きた。近年は高齢化が進んで労働者が激減し、生活保護受給者向けのアパートなどが増えている。

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