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ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

アジア大会・ソフトボール決勝の台湾戦で先発した日本の上野由岐子=ジャカルタで2018年8月24日、宮間俊樹撮影

アスリート交差点2020

諸行無常 後悔のない1年に=ソフトボール・上野由岐子

 トヨタ自動車との日本リーグ開幕戦(13日)は、2番手で3回1安打無失点でした。開幕投手を若手に任せたのは5年ぶり。ベンチから見ているのは新鮮でしたが、若手の成長を感じながら刺激ももらい、いいスタートが切れたと思っています。

     今年は東京五輪前年。いろいろなところで注目されるし、結果も求められるでしょう。でも、変に気負うことなく、いつも通り、しっかりソフトボールと向き合っていけたらと思っています。その中で、やるべきことが出てきた時にそれを見逃さず、成長につなげられるか。現時点で大きなプランがあるわけではありませんが、不安要素をしっかりこの1年でつぶしていこうと考えています。

     高校3年の時にあった2000年シドニー五輪は「自分もこの舞台に立ちたいな」と思いながらテレビ観戦していました。全てが初めてだった04年アテネ五輪は雰囲気にのまれたような感じでしたが、その経験があったから08年北京五輪では納得のいく準備ができ、金メダル獲得につながりました。「これで負けたら仕方がない」というくらい自分を追い込んだことが、気持ちの面での落ち着きにつながったと思います。五輪を知らない選手が多くなる東京五輪でも、あの舞台を知っているという強みはあるでしょう。

     残念ながら、ソフトボールは24年パリ五輪で実施競技から外れる見通しとなりました。五輪でのプレーという意味では東京五輪が集大成になるでしょう。そこがソフトボール人生の最後になるかどうかは、その時の自分に聞いてみないと分かりませんが、後悔のない終わり方ができるよう、この1年を過ごさなければいけないと思っています。

     ソフトボールは、知っているけれど見たことがないという方が意外と多い競技だと感じます。でも、野球ほどグラウンドが広くない分、0・1秒を争うスピード感のあるプレーや、投手の迫力など、魅力がたくさんあります。東京五輪も含め、機会があればぜひ球場に足を運んでいただき、楽しんでもらえたら、と思っています。(上野選手のコラムは今回で終わります)=アスリート交差点は随時掲載


     Q 印象に残る門出や人生の転機は何ですか?

     A 高校2年の時に3カ月、入院するけがをしたことです。体育の授業中、走り高跳びの着地に失敗し、腰の骨を折りました。1カ月くらいは寝返りもできず、「日常生活に戻れるかどうか」と言われたほど。当初は「なんで自分が……」という思いが強く、かなりナーバスになっていました。ただ、入院生活でいろいろな人と出会い、チームメートや親のありがたさを強く感じられるようになっていきました。自分一人では何もできない。一人でソフトボールをしているのではない。そういう考え方を持てるように成長できたのは、あのけががあったからだと思っています。


     ■人物略歴

    上野由岐子(うえの・ゆきこ)

     福岡市出身。2001年、日立高崎(現ビックカメラ高崎)に入部。04年アテネ五輪は銅メダル、08年北京五輪で金メダル。16年に日本リーグで史上初の通算200勝と2000奪三振を達成。36歳。(タイトルは自筆)