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メガ・イベントを都市空間創造、地域振興につなげ、レガシーとして活用するための戦略とは? 観光学部観光学科 准教授
小澤 考人

2019年5月1日掲出

 近年、訪日観光客が大きく増える中、来年は4年に1度の国際的なメガ・スポーツ・イベントが開催され、さらなる訪日客の増加が見込まれる。一方で、会場跡地をどう活かし、レガシー(未来遺産)としてどう残すかという視点にも注目が集まる。イベント開催後、東京がより魅力ある都市として生まれ変わり、諸外国の人々からデスティネーション(訪問地・目的地)として評価されるにはどのような戦略が必要か、観光学を専門とする小澤考人准教授に、観光・ツーリズムの視点から述べてもらった。【聞き手・中根正義】

 

──近年、これだけ日本観光が海外から注目されるようになった理由をお聞かせください。

 2003年からビジット・ジャパンキャンペーンが始まりました。2000年前後の訪日客は300万~500万人というレベルで、1000万人という目標をなかなかクリアできませんでした。2011~12年頃まではそうした状況が続きましたが、その後、あっという間に1000万人を超え、ここ数年で2400万~2800万人まで増加しています。昨年2018年の訪日客は約3119万人にのぼると推計され、2020年には4000万人に近づくかもしれないと言われています。これだけ急速にインバウンドが伸びているのは、世界的に見ても非常に稀なケースです。UNWTO(世界観光機関)の統計では、とくに21世紀に入って世界中で国際観光に行く人々の数(旅客数)は上昇し、2010年以降は年率6~7%の増加を見せているのに対し、日本の上昇は年率20~30%にのぼることも多く、きわ立っています。

 その要因の一つとして、日本には多くの自然や里山、山奥にも温泉があるといったように、日本列島自体が一つのテーマパークのようで、独自の世界を築いていることが挙げられます。そうした日本のユニークな価値が、海外から注目されています。

 一方で、アジアで中産階級が台頭し始めており、中国や韓国をはじめ、マレーシアやタイ、インドネシアといったアジア圏の人々の所得が上昇し、身近な国である日本へ観光に来るようになったことも要因の一つとして挙げられるでしょう。実際、日本のインバウンドの4分の3は中国、韓国、台湾、香港の4カ国です。1人当たりのGDPでは韓国は日本に近づき、台湾は(購買力平価GDPで)日本を上回っています。アジアの中間層が拡大したことがインバウンドの増大を招いたと言えるでしょう。彼らからすれば、日本は手短に行くことができる観光地でもあり、費用が安く、非常に快適で楽しく過ごせるというわけです。

 そうした2つの要素に加えて、政府が観光立国に関する政策を国家戦略として位置づけて力を入れるようになり、民間の活力も伴いながら、ビザの緩和や空港からのアクセスの改善など多くの対策を講じるようになりました。また日本政府観光局(JNTO)がタイやマレーシアをはじめ東南アジア諸国において、現地の旅行会社に情報提供するというような地道なプロモーション活動も結実しています。

 

訪問者の力を地域活性化のエネルギーにする!

──これだけインバウンドが急拡大する中、訪日客を迎え入れるためのインフラの不備が指摘されています。さらに、地方では「ここには何もない」と言う声をよく聞きます。歴史や伝統に裏打ちされた、自分たちが持っている資産の価値や意味に気づく仕掛けのようなものも必要なのではないでしょうか。

 インバウンドに限らず、地域活性化に観光資源をどう使うかということが重要であると思います。地域づくりには、次のような3段階のストーリーがあります。

①地域資源の再発見

②それを発信し、ブランド化する

③それらを支える産業化の仕組みや街づくりのプラットフォームをつくる

というステップです。これを「地域創造マネジメント」と呼びます。地域の魅力再発見ということでは、街歩きなどのイベントを活用した手法で、地域の人々が気づかない外部の視点を採り入れるということも注目を集めています。街歩きは、地元の人からすれば、地元にはこんなに魅力があるということを確認する場であると同時に、訪れる人が何に魅力を感じているかを共感していく、交流と創造の場にもなります。

 観光学は、名勝地・観光地を研究する学問だというイメージがあります。しかし現在では、新しいモデルの一つとして、都市の街並みや何でもない地域の風景、民家などを訪れる人の力をどうエネルギーに変えて街を活性化させていくかという考え方が重要になっています。訪れる人が価値を生み出すという観点から、何でもない場所がデスティネーション、すなわち訪れる場所=目的地になるということで、受け入れる側にとっては「デスティネーション・マネジメント」という考え方につながります。魅力ある場所を創出するため、そこに訪れる人の力を使って価値やエネルギーに転換し、経営的な視点も含めて魅力のある場所と「おもてなし」(ホスピタリティ)をセットにして展開していく、というのが世界的なトレンドでもあります。そのような文脈と視点をもとに、どのようにしたら魅力的な空間を創出できるかということを考える学問が、現代の観光学だと言えるでしょう。

 英語で価値を生むという際に“make a difference”、差異を生み出すという表現があるのですが、差異を生み出せるのは今までの価値観にとらわれない若い人や余所者(=外部の視点をもつ者)であると捉えられます。“make a difference”にどう関われるかに、先に述べた3つの要素はつながるのではないでしょうか。

 

未来社会の姿をどう築けるかが東京大会のカギ

──今年、全国各地で開かれるラグビーの世界的な大会、そして、来年、東京で開かれるメガ・スポーツ・イベントは、世界中から観客が訪れます。そうしたことを踏まえ、この二つのイベントを、これからの日本の観光の発展にどう生かしていけばよいのでしょうか。

ロンドン大会のレガシーに関するアンケート調査
ロンドン大会のメイン競技会場(世界陸上2017開催時)
ストラトフォードのロンドンオリンピック会場跡地

 1964年の前回大会の時は、日本が高度成長期に入り、平和国家に生まれ変わった姿を世界に示し、国際的なプレゼンスを向上させてイメージを一新したいという希望があったわけです。そのため目標も見えやすく、新興国の成長型の大会となりました。

 ところが2020年の大会は、今のところ目標が見えにくくなっていないでしょうか。それが新国立競技場やエンブレムの問題を引き起こしたという見方もあります。2020年は1964年の成長型に対して成熟型の大会ともいえます。前回大会はハード面の充実が図られ、首都高や新幹線が開通したりしたわけですが、今回はソフト面を充実すべきだと言われています。

 ただ現在、日本の国際的な地位がこの20年間でまさに凋落しかけているというのが現状であり、今後、日本がどのような存在として、どのようなポジションを目指すのかという「未来社会の理想」が見えにくくなっています。それを大会後にどう築けるかという視点から考えることが、「レガシー」という観点に照らして必要なのではないでしょうか。

 2012年のロンドン大会では、大会の跡地に今後のイギリスの姿をモデル地区として実現してみようという試みがなされ、見事に成功させました。ロンドン大会のレガシー・アクション・プランでは、イギリスが居住・訪問・ビジネスの面でもクリエイティブ(創造的)で、インクルーシブ(包摂的)であり、人々を歓迎する場であることが目標として示されました。オリンピックをはじめ国際的なイベントのレガシーとして、そうした内容が入ってくるのは非常に興味深いことです。

 2020年の大会では、日本の未来社会のイメージをどのように持てるのか。その上で、大会後にどのように生かし、持続可能な社会を築いていくという発想をいかに具体的な受け入れ体制の整備に落とし込んでいけるかが問われています。かつての開発主義的なアイデアではなく、例えば開催跡地にどのような空間を残していくかという観点からイベント活用とレガシーの戦略的な創出を行い、より良い未来社会の姿を築けるかという視点からものを考えていくことが必要です。そして、東京大会がその実証実験の場となれば素晴らしいですね。

 

──これからの社会を生きる学生たちに、どんなことを期待していますか。

 若い時に、自由な立場で、できるだけ多く海外の国々を見ておくことは必ずプラスになると思います。異文化や自分の暮らしてきた社会とは異なる考えや価値観に触れることによって、自分の引き出しが広がり、将来、日本社会のあり方や自分自身の生き方などを考える時に大いに役立つと思います。

 観光学は現場から学べるというのが大きく、観光学部でも全カリキュラムのうち一定数は観光学研修・実習やフィールドワークなどがあり、多くの課外プログラムもあります。例えば、丹沢や大山でバスツアーを企画したり、地域の祭りに参加したりといったフィールドワーク的な授業が組まれています。そうした授業を通して、学生の持っている問題意識が触発され、現場で役立つ力やコミュニケーション力も養われていきます。

新国立競技場のフィールドワーク(ゼミ活動)

 本学部はまだ開設して10年目の若い学部ですが、昨年の就職率は98%にのぼり、初めて卒業生を輩出した2013年度から、学内で最も就職率の高い学部の一つになっています。観光・ツーリズムを広い視野から捉える時代に入って、旅行会社や鉄道をはじめ、直接観光とは結びつかない企業でもホスピタリティや地域活性化、集客の原理などを学んだ学生たちが歓迎されていると考えられ、その点でも今後の活躍が非常に楽しみです。

観光学部観光学科 准教授 小澤 考人 (おざわ たかと)

東京大学大学院総合文化研究科・国際社会科学専攻博士課程単位取得満期退学。専門は文化社会学・観光社会学。余暇ツーリズム学会理事(現在)、日本国際観光学会理事(2016~2018年)などを担当。「メガイベント論」「クリエイティブシティ(創造都市)論」「レジャーと文化」などをテーマに教育研究活動。編著に『オリンピックが生み出す愛国心』(かもがわ出版)、共著に『おもてなしを考える』(創文企画)、『基本観光学』(東海大学出版局)、『レジャー・スタディーズ』(世界思想社)、『幻の東京オリンピックとその時代』(青弓社)ほか。