16歳で不妊手術、飯塚淳子さん「長かった…本当は国会で意見を述べたかった」

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傍聴券を手に新里宏二弁護士(右)らと国会議事堂に向かう飯塚淳子さん(中央)=東京都千代田区の国会前で2019年4月24日、遠藤大志撮影
傍聴券を手に新里宏二弁護士(右)らと国会議事堂に向かう飯塚淳子さん(中央)=東京都千代田区の国会前で2019年4月24日、遠藤大志撮影

 旧優生保護法下で不妊手術を強いられた障害者らに「一時金」を支給する議員立法の救済法が24日、参院本会議で可決、成立した。

 「長かった……」。仙台訴訟原告で「飯塚淳子」の名で国に謝罪を求めてきた70代女性は、20年間の活動を思い出しながら採決を見守った。被害を認めてもらいたいと何度も通い続けた永田町だが、国会に入るのはこの日が初めてだった。

 16歳で不妊手術を強いられた飯塚さんは、旧法改定の翌1997年から、市民団体「優生手術に対する謝罪を求める会」と被害を訴えてきた。厚生労働省や国会議員会館に通い、被害実態の調査などを求めたが、厚労省は「当時は合法だった」と繰り返すだけで、悔しい思いを強いられてきた。

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