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06年WBC第1回大会日本代表と同じデザイン、王貞治監督(当時)と同じ背番号「89」で、第1回障害者WBCに日本代表監督として臨んだ岩崎廣司さん=神戸市垂水区で2006年11月1日

創設者の連盟前理事長、岩崎廣司さんを悼む

 障害者野球の草分けが3月、69歳で旅立った。日本身体障害者野球連盟の前理事長、岩崎廣司さん。すい臓がんだった。葬儀は近親者で済ませ、連盟関係者でも他界を知ったのは、半月後という人が多かった。私がパラスポーツの取材を始め、最初に書いた1996年3月の記事が障害者野球だった。岩崎さんがいなければ、もしかしたら、パラには興味を持たなかったかもしれない。

     幼いころから野球好きだった岩崎さんは17歳の時、骨髄炎で左足を切断した。入院していた神戸市西区の肢体不自由者医療施設「のじぎく園」には69年から年1回、プロ野球・阪急ブレーブス(現オリックス)の選手らが訪れ、子どもたちとソフトボールなどで交流した。その中に「世界の盗塁王」福本豊さん(71)=96年から連盟名誉理事長=もいた。

     岩崎さんは、障害者ができるルールを考えた。例えば、走塁が難しい下肢障害選手の打席では、打った瞬間に代走が走る▽盗塁は不可▽タッチアップはOK▽バントは原則ダメ。だが、障害の影響でバントのような動作しかできない選手の打球は有効--などだ。

     連盟は93年設立、春の全国大会を始めた。99年から秋と合わせ年2回開く。第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で王貞治監督が率いる日本が世界一になった2006年には、「もう一つのWBC」として世界身体障害者野球大会を創設し、4年ごとに開催。第1回から長嶋茂雄・巨人元監督が役員に名を連ねる。過去4大会で「岩崎ジャパン」は世界一に3回輝いた。連盟は今年3月現在、北海道から九州まで37チーム、962選手が登録する大所帯になった。

     私にとって一番の思い出は、16年3月の選抜高校野球大会(毎日新聞社など主催)の開会式だ。国内唯一の点字新聞を1922年から発行する毎日新聞社は、パラスポーツを応援している。会社の意向を受けて電話した私が「センバツ始球式を連盟所属の選手に」と言うと、岩崎さんは一瞬息をのみ「栄えある大会。選手の励みになる」と快諾した。16年7月、同じく本社主催の都市対抗野球の準決勝でも、連盟所属チームの選手が始球式を務めた。

     パラ陸上やり投げの昨季世界ランク4位で、20年東京大会での金メダルを目指す山崎晃裕選手(順天堂大学職員)は日本の3連覇がかかった14年の障害者WBCで「1番・左翼」で出場。最終打者として投ゴロに倒れ、日本は準優勝だった。18歳だった山崎選手は高校野球が終わり、目標を見失っていた時に岩崎監督から「障害者野球を背負って戦ってくれ」と励まされ、「岩崎さんは夢を与えてくれた」と話す。ただ、野球はパラリンピックにない。競技転向した山崎選手は「今は東京での金しか考えていない。でも、いずれ障害者野球に恩返ししたい」と語る。

     連盟が参加する寄付サイト「毎日アスリート・パートナーズ」(https://mainichi-athletepartners.jp/)に、岩崎さんはこんな言葉を残している。「突然の事故や病気でドクターストップがかかり野球を断念して、泣きながら用具を燃やしたが、愛用の磨き込んだグラブだけはどうしても捨てられなかった人たちの集まりです。この野球を未来の障害児童たちに残したい」

     連盟が「春の選抜」と呼ぶ今年の春の全国大会は5月18、19両日。願いを引き継ぎ、例年通り、岩崎さんの地元・神戸で開かれる。(毎日新聞社オリンピック・パラリンピック室委員、山口一朗)

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