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四天王寺の亀形石造物は「7世紀の古代遺品」 酒船石遺跡と規模・構造一致

7世紀に造られたものであることが判明した亀形石造物。右側の亀甲と頭部は後世に造られた=大阪市天王寺区の四天王寺で2019年4月25日午後5時29分、小松雄介撮影

 四天王寺(大阪市天王寺区)は26日、建立の祖・聖徳太子の没後1400年忌(2022年)に向けて、境内の亀井堂にある亀形石造物を初めて学術的に調査したところ、7世紀に造られたものだったと発表した。女帝・斉明天皇(在位655~61年)の祭祀(さいし)遺構とみられる奈良県明日香村の酒船石(さかふねいし)遺跡で2000年に発掘された亀形石造物と年代や規模、構造がほぼ一致した。

    四天王寺と酒船石遺跡

     当時、四天王寺は難波京の一角にあったとされ、調査した元興寺文化財研究所(元文研、奈良市)は「国家的管理のもとで水を使った祭祀が行われていた可能性を示す一級の資料だ」としている。

    亀形石造物(手前中央)が7世紀に造られたものであることが判明した四天王寺の亀井堂。左の亀甲と頭部は後世に造られたもの=大阪市天王寺区で2019年4月25日午後5時7分、小松雄介撮影

     亀井堂は五重塔や金堂など中心伽藍(がらん)の北東に位置。現在の地表面から約1.5メートル低い水の湧く場所に、1対の2匹の亀が向き合う形で据えられている。現在は、上の亀(全長122センチ、幅154センチ)の口から流れ出た水が下の亀形水槽(全長215センチ、幅152センチ)にたまる仕組み。水面に戒名を書いた経木(きょうぎ)を浮かべて先祖を供養する「経木流し」の場として今も用いられており、これまで調査ができなかった。

     今回、石の材質を調べたところ、下の亀形水槽と上の亀の台座部分(手足含む)は、凝灰岩の一種「竜山(たつやま)石」の巨大な一枚岩を削り出して造られていた。また、台座部分は元は水槽だったが、上の亀の頭と甲羅(いずれも花こう岩)が後世にふたをする形で補われ、手足もその際に付け足されたことがわかった。

     元文研の佐藤亜聖主任研究員によると、大型の竜山石は、7世紀に大王家の石棺や藤原宮の大極殿など王権中枢部で限定的に使われたという。また、水槽を並べて水を流す祭祀形態は古墳時代からあったが、8世紀になると見られない。加えて、酒船石遺跡と同じく亀形石造物に水が流れる構造で、同様の役割を果たしたと考えられることから、亀形水槽と上の亀の台座部分は、7世紀にさかのぼると判断した。

     平安時代の書物「栄花物語」は、藤原道長(966~1027年)が四天王寺を参詣し「亀井の水で手を清めた」と伝えるなど「亀井」は11世紀以降、文献史料や和歌にも度々登場。鎌倉時代の絵図には上の亀が描かれており、この頃には現在の姿になったとみられる。

     拝観時間中(午前8時半~午後4時半)の見学可(撮影は不可)。6月1日午後1時半~5時、四天王寺本坊で調査報告会を開く。先着100人で事前申し込みが必要(電話では不可、ホームページに掲載)。【林由紀子】

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