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ストーリー

謎に挑む、盗掘を阻む 混乱続くエジプトの考古学者たち

今年2月にカイロ国際空港で押収したミイラを分析する考古省の「遺跡盗難防止ユニット」のメンバーら。左側の黒い箱がミイラを隠していたスピーカーだ=エジプト考古省提供
カイロ国際空港で、乗客が持ち込んだスピーカーの中から人骨の姿が浮かび上がったエックス線写真=エジプト考古省提供

空港検査でミイラ

 8年前の「アラブの春」は独裁政権打倒を果たす一方、治安の悪化など混乱も招いた。古代文明発祥の地、エジプトでは貴重な文化遺産が盗難や密売の危機にさらされ、その一部はテロの資金源になっているとされる。

     しかし、そんな中でも考古学者たちは情熱を傾けて活動している。その専門知識を駆使し、遺物の国外流出を阻止すべく「Gメン」となって目を光らせるチームがある一方、新発見を求めて精力的に発掘を続ける人々もいる。実際、ピラミッドやクレオパトラを巡り「常識」を覆したり、長年の「謎」に肉薄したりするような報告も相次いでいる。

     ときには身の危険さえ感じる困難な状況の中、「歴史のプロフェッショナル」として奮闘する人たちに迫った。

     「もしやバラバラ殺人?」。今年2月、エジプトのカイロ国際空港。ベルギーに向かう乗客が荷物として持ち込んだステレオのスピーカー部分から「不審物」が見つかり、空港職員がざわついた。エックス線検査の際、人間の骨らしきものが複数本、映ったのだ。

     1人の男性が映像を確認した。「確かに人間だ」。一瞬、緊張が走る。「ただし古代人だ」。それらは手足や胴体がバラバラにされたミイラの骨と判明した。

     エジプトでは2011年の中東民主化要求運動「アラブの春」以降、政治の混乱に乗じた文化財の略奪が相次ぐ。考古省は現在、空港や港、陸路の国境検問所に計約370人の「遺跡盗難防止ユニット」を配置。今回の人骨を「鑑定」したのは、その総責任者で考古学者のハムディ・ハマムさん(44)だ。「我々は17年に全土で1900点、18年は3000点を押収しましたが、多いのは小さな石像やコインなど持ち運びやすい遺物。まさかミイラまで運ぶとは」。追う者と追われる者の知恵比べが続く。

     ユニットには古代のファラオ(王)時代だけでなく、ローマ帝国、イスラム化した7世紀以降など各時代の文化財に精通したスタッフがそろう。互いに携帯電話で画像を送り合い、真贋(しんがん)を判断する。

     米CBSテレビは米国勢調査局の推計として、16年に5000万ドル(約55億8000万円)相当がエジプトから国外に持ち出され、米国の古美術商などに流れたと伝えた。一部は中東のテロ組織の資金源になっているとの見方もある。

     「エジプトはナイルのたまもの」の言葉で有名な紀元前5世紀の歴史家ヘロドトスは著書「歴史」の中で、カイロ近郊ギザにある巨大ピラミッドを建設したクフ王(紀元前26世紀)を結構悪く書いている。ピラミッドを造った労働者を奴隷のように働かせた、というトーンだ。

     17年4月のカイロ支局着任後、記者は考古学者に話を聞いて回るうちに、この説が変わりつつあることに驚いた。最近の研究によれば、建設に従事した人々は奴隷などではなく、綿密に組織立てられたグループ単位で働き、豊かな食生活を営んでいたという。1988年、ギザのスフィンクスが位置する場所から約400メートル南で、当時の人々が住んでいた町「ピラミッド・タウン」の跡が見つかって以降、こうした状況が徐々に分かってきた。定説が塗り替えられるのも古代史の面白さだ。

    ピラミッド・タウンの発掘作業に打ち込む考古学者の矢羽多万奈美さん=2019年4月4日、篠田航一撮影

     発掘チームの中に、エジプト在住歴17年の日本人考古学者、矢羽多(やはた)万奈美さんがいる。福岡県大牟田市出身。小学生の時から本やテレビで見るエジプトに憧れ、97年に英リバプール大大学院でエジプト学の修士号を取得。05年から米国の考古学者マーク・レーナー博士の調査チームに所属して発掘を続けている。エジプトでは気候が涼しい1~3月ごろが発掘シーズンで、期間中はほぼ毎日、泥や砂にまみれて作業にあたる。

     「当時の生活を知る上で大切なのは、ゴミ捨て場です。考古学者にとっては宝の山。日本でいえば貝塚ですね」

     古代エジプトといえば、ピラミッドやスフィンクス、ツタンカーメン王の「黄金のマスク」といった壮麗な遺跡・遺物をイメージしがちだ。だが庶民はどう暮らしていたのか。意外にもこうした研究は近年までそれほど進んでいなかった。

     一般労働者が住んでいたエリアからはヒツジやヤギの骨が見つかった。一方で身分の高い人々の居住区にはウシの骨が多い。「古代人にとってもやはり牛肉は高級だったようです。作業員はビールを飲み、パンを食べ、栄養価の高い食事をしていました。今はヘロドトスが唱えた『奴隷説』は、ほぼありません」

     矢羽多さんが取り組む研究の一つに、クフ王らが生きた古王国時代の「屋根材」など住居の構造がある。泥れんがでできた古代の建物は既に原形が失われているため、当時の屋根の形や材料はほとんど分かっていない。一方、寝室にはジグザグに入らなければならない構造で、現代風にいえば「プライバシーが守られていた」状況なども分かってきた。

     「街を歩いても、つい建物の屋根や壁を観察してしまいます」。職業病かもしれない、という。記者とカイロ市内のカフェで会った時も、矢羽多さんは天井の「はり」部分を見てそう笑った。

     エジプトでは「アラブの春」に伴う混乱はほぼ収まり、観光客も戻りつつあるが、治安状況は一進一退だ。17年4月には北部アレクサンドリアとタンタの2都市で連続テロが起き、シシ政権は全土に「非常事態宣言」を発令。治安当局が「安全への脅威」とみなす人物を令状なしで拘束できる措置で、現在も継続中だ。

     過激派組織「イスラム国」(IS)は本拠地だったイラクやシリアではほぼ制圧された。しかし、その分派がエジプト東部シナイ半島などでテロを繰り返す。イスラム組織・ムスリム同胞団系列のテロ組織も活動している。

     遺跡や観光地周辺にも危険は及ぶ。昨年12月には3大ピラミッドからわずか4キロ北東の路上に仕掛けられた爆弾で、ベトナム人観光客ら4人が死亡。今年2月には、外国人観光客が多いカイロ旧市街のハーン・ハリーリ市場近くで警官ら3人が死亡する爆発事件があった。

     「砂漠で活動する過激派の資金源の一つは、遺跡の盗掘品売買です。アラブの春以降、考古学者にとっても発掘作業は常に危険と隣り合わせです」。警察と連携し、盗掘現場特定などの遺跡保護運動を続ける考古学者モニカ・ハンナさん(36)はそう話す。警察との協力姿勢を敵視する何者かから「手を引け」と匿名の脅迫電話を受けることもある。

     ハンナさんが「特に危険な地域」と指摘するのが中部ミニヤ県だ。遺跡が多く、今年に入ってからも約2000年前のミイラ40体以上が砂漠の墳墓から見つかった。一方でテロも相次ぎ、17~18年にはコプト教(キリスト教の一派)の信徒ら30人以上が命を落としている。

     ミニヤ県の砂漠地帯にあるコプト教の聖サミュエル修道院。幹線道路の検問所から25キロ離れた修道院までの一本道を、信徒を乗せたバスが往来する。だがこのバスは17年5月、18年11月と2度も過激派に襲撃された。17年には車3台に分乗した覆面集団が一本道の途中でバスの行く手を塞ぎ、乗客を射殺。治安関係者によると、覆面集団は成人男性を先に殺害した後、女性や子供に銃を向け「イスラムへの信仰告白(シャハーダ)をせよ」と告げた。1人が断ると銃撃が始まり、1歳の男児まで容赦なく殺害したという。その瞬間を容疑者の一人が冷静にビデオ撮影していたとの情報もある。

     現場を訪れると疑問がわいた。検問所と修道院を結ぶ一本道以外、周囲は岩山と砂漠だ。逃走経路が分からない。過激派はどこから現れ、どこへ逃げるのか。

     「ラクダで砂漠を移動し、道路に出て車に乗り換える過激派もいます。砂漠を熟知する遊牧民ベドウィンの手引きで逃げることもできます。警察の到着前に姿を消すテロリストは砂漠を上手に使うのです」。自らもかつてエジプトの過激派「イスラム集団」に属して9年間収監され、出所後はテロ組織研究者として活動するマヘル・ファルガリさん(52)は、ギザ県の建物の一室で取材に応じ、そう語った。

     ファルガリさん自身もミニヤ出身で、「アラブの春以降の経済混乱で、ミニヤでは過激派だけでなく一般市民も盗掘に手を染めています」と明かす。13年にはモルシ政権崩壊に伴う混乱に乗じ、暴徒がミニヤ県の博物館を襲撃。ミイラや彫像など約1000点が略奪された。

    アレクサンドリア国立博物館には、海底から引き揚げられた古代の遺物が展示されている=アレクサンドリアで2019年4月9日、篠田航一撮影

    クレオパトラ墓に肉薄

     エジプトでは83年に制定された法律により、国内で発掘された古代遺物の勝手な私有や国外持ち出しは違法となった。だが盗掘は絶えない。エジプト人の平均月収は300ドル(約3万3000円)前後だが、古代に聖なる虫とされたスカラベ(フンコロガシ)のわずか数センチの石像でも、本物なら平均月収を超す500ドル前後で取引される。

     かつて夜間に遺跡現場に忍び込み、盗掘に手を染めた経験を持つ40代の男性は言う。「近年はインフレで物価も上がり、庶民生活は苦しい。手っ取り早くヤミ市場などで現金を手にできる盗掘や略奪は、効率のいいカネ稼ぎになる」

     盗む者、守る者の攻防は激しい。カイロ国際空港で密輸に目を光らせる前出のハマムさんは「近年は手口が巧妙化しています」と指摘する。「ツタンカーメン王をかたどった土産物の石こうの中に、本物の石像を隠していたケースもあります。驚いたのは、玉ネギの中に古代のコインを隠した例です」

     最近の法改正で遺物密輸の最高刑は終身刑、罰金も最高1000万エジプトポンド(約6400万円)になったと報じられた。3人の子供たちは「盗掘団に報復されるのでは」とハマムさんの身を心配するが、意に介さない。「私が見逃せば、人類の遺産が犯罪組織に渡る。絶対に阻止する。それが私なりのテロとの戦いです」

     ハマムさんは中部アシュート生まれ。自宅近くの遺跡が遊び場だった幼少期から、遺物の微妙な違いが分かる観察眼を養った。各地のスタッフから届く画像を分析し「これは本物だ。ただちに押収するように」などと指示を出す。

     真贋の見極めに必要なものとは。「普段から遺跡をよく見て、特徴を頭にたたき込むことです。本物を覚えていれば、おのずからただの模造品は分かります。古代エジプト語のヒエログリフ(神聖文字)を読める能力も重要で、偽物には必ずスペルや文法上のミスがあります」。プロフェッショナルは勉強を怠らない。

     まだまだ安全とはいえないエジプトだが、人々の謎への挑戦は続く。

     「アラブの春以降、この国の雰囲気は変わりました。私の両親も心配しています。でも発見まであと一歩。今やめるわけにはいきません」。中米ドミニカ共和国出身の女性考古学者キャスリーン・マルチネスさんはそう話す。

     アレクサンドリアの沖合で90年代、「絶世の美女」とされるクレオパトラ7世(紀元前69~同30年)の時代の宮殿とみられる遺跡が海底から見つかった。だが「墓」は見つかっていない。この謎に挑むのがマルチネスさんだ。本業は弁護士だが、古代エジプトに魅せられた幼少期からの夢をあきらめきれず、法廷に立つ傍ら、考古学の学位も取得。05年から私費も投じて発掘を始めた。20カ所以上を調べた結果、アレクサンドリアから約50キロ南西のタップ・オシリス・マグナ遺跡にたどり着いた。

     大きな理由がある。古代ローマの著述家プルタルコスは、クレオパトラと愛人アントニウスが「同じ場所」に埋葬されたと記している。

     マルチネスさんは、エジプト神話で夫婦だったオシリス神とイシス神が祭られたとみられるこの遺跡に注目した。

     「自らをイシス神の化身と考えたクレオパトラは、アントニウスと共にここに眠っているはずです」。発掘を始めると、面白い発見が相次いだ。クレオパトラとみられる顔が彫られたコイン。そしてイシス神を祭った別の神殿の碑文とよく似た碑文。「徐々に墓の発見に近付いています。証拠を積み上げ、真実に迫る。法律家の仕事と一緒です」

     なぜ人々は古代エジプトに魅せられるのか。ミイラ研究の第一人者でカイロ・アメリカン大学のサリーマ・イクラム特別教授に聞くと、少し考えた後、こう話した。「結局、人間は謎が好きなのです。私はまだエジプトの遺跡全体の6割は未発見だと思います。解かれていない謎があるからこそ、それに挑むのです」

     ピラミッド・タウンで発掘を続ける矢羽多さんも「分からないものは、まだ見つかっていないだけかもしれない」と常に思うという。謎がある限り、探究は続く。「6割の未発見」を追い求め、きょうも人々は謎に挑む。


    エジプト各地で取材する篠田記者

     ◆今回のストーリーの取材は

    篠田航一(こういち)(カイロ支局)

     1997年入社。甲府支局、東京社会部、ベルリン支局、青森支局次長などを経て2017年から現職。著書に「ナチスの財宝」(講談社現代新書)、「ヒトラーとUFO」(平凡社新書)、共著に「独仏『原発』二つの選択」(筑摩選書)。


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