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その日を前に

長野原町に八ッ場ダムの建設計画が浮上してから67年。反対闘争、町の分断、民主党政権による建設中止--。立ち退きを強いられた水没地区の住民の多くは住宅を再建し、新しい生活を始めている。ふるさとを離れた人、残る選択をした人。それぞれの今を追った。

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その日を前に

八ッ場ダム水没地区住民の今/3 「山木館」15代目・樋田勇人さん 「担い手」呼び再起を /群馬

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町の知名度アップ 来年までが勝負

 「15代目です」。胸に付けたネームプレートには、手書きで、名前とともにプロフィル代わりのメッセージが添えられている。樋田勇人さん(24)は4年前、川原湯温泉の中でおよそ360年の歴史を持つ老舗旅館「山木館」の跡取りになるため養子に入った。

 父方の祖母の実家が山木館だった。昔から親戚で用事があれば、みんなで集まる場所は山木館と決まっていた。14代目の樋田洋二さん(72)、文子さん(70)夫婦には子がいなかった。高校生のころから、文子さんから「後継ぎがいないから社長にならない?」と声をかけられていた。 当時は「社長かあ」とぼんやりと自分の将来を思い浮かべていたぐらいだったが、大学生になり経営学を専攻し、商売のおもしろさに目覚めた。何より山木館に存続の危機が迫っていた。「大好きな山木館がなくなるのは嫌だった」と大学3年生のころ、養子の話を受け入れた。大学を卒業すると同時に働き始め、常連客と接するうちに、みな自…

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