明治のキリスト教殉教者37人、「福者」認定へ調査開始 津和野

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信徒が拷問を受けた乙女峠の池=津和野町後田で2019年4月18日午後2時36分、竹内之浩撮影
信徒が拷問を受けた乙女峠の池=津和野町後田で2019年4月18日午後2時36分、竹内之浩撮影

 キリスト教禁教令があった明治初期の弾圧で長崎・浦上地区から島根県津和野町に送られ、殉教した信徒37人について、カトリック広島司教区(広島市)はカトリックの崇敬対象である「福者」の認定を受けるための調査を始めた。禁教令撤廃から150年の2023年までの認定を目指す。【竹内之浩】

長崎から移送

 福者は信仰上の徳のある行為を認められた信者に対して死後、ローマ法王庁(バチカン)から与えられる称号で最高位の「聖人」に次ぐ。日本ではキリシタン大名の高山右近ら394人がいるが、今回認められれば明治以降の殉教者は初めてとなる。

 幕末から明治初期にかけて長崎のキリスト教徒が弾圧された「浦上四番崩れ」で、江戸幕府の禁教令を継続した明治政府は改宗を迫り、約3400人を西日本を中心とした22カ所へ流した。欧米諸国からの批判を受けて1873(明治6)年に禁教を解いたが、600人以上が殉教した。

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