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毎日新聞

車いすテニスの飯塚国際大会男子シングルスで優勝し、天皇杯を手に笑顔を見せる国枝慎吾=福岡県飯塚市の筑豊ハイツテニスコートで2019年4月28日、森園道子撮影

Field of View

敗北から学んだ王者 車いすテニスの国枝慎吾

車いすテニスの飯塚国際大会男子シングルスで気迫あふれるプレーを見せる国枝慎吾=福岡県飯塚市の筑豊ハイツテニスコートで2019年4月28日、森園道子撮影

 車いすテニスの4大大会男子シングルスで22度の優勝を誇る国枝慎吾(35)にとっても、格別な優勝だった。

     福岡県飯塚市で4月28日に行われた天皇杯・皇后杯第35回飯塚国際大会男子シングルス決勝。国枝は2012年ロンドン・パラリンピック決勝の再戦となったステファン・ウデ(フランス)との対決を7―6、7―5のストレートで制し、4年ぶりの復活優勝を果たした。初の天皇杯を手にした国枝は「復活と言っていい。すごくハッピーです」。冷たい雨に打たれながらも、どん底からはいあがった国枝らしく、リスクを恐れない積極的な攻撃が光った。

     かつて炭鉱業で栄えた飯塚は、炭鉱事故などで脊髄(せきずい)を損傷した患者が多かった。リハビリの一環で車いすテニスが行われたことがきっかけで1985年に大会が創設され、昨年からは天皇杯・皇后杯が授与されるようになった。国枝は「僕も35歳。(天皇杯を)取れずに終わるかもという考えが頭をよぎったが、ほっとした」と口にした。

     王者として君臨し続けていたが、シングルス3連覇がかかった16年リオデジャネイロ・パラリンピックは準々決勝で敗退。利き腕の右肘を手術した影響だった。17年4月に復帰したが、その年は4大大会で無冠に終わった。しかし昨年は、アジア・パラリンピックで優勝して東京パラリンピックの出場権を獲得し、4大大会も全豪と全仏を制した。

     右肘に負担がかからないようバックハンドのフォームを修正したことが実を結んだ形だが、復活の要因はそれだけではない。王者は敗北から多くのことを学んでいた。

     「勝ち続けるのがすべていいことではなくて、勝っている時はどうしても燃えないものが出てきたこともある」と振り返った国枝にとって、敗戦は「次」への糧になった。

     今年1月の全豪準決勝で敗れた後、ロッカールームで動けなくなるほどショックを受けた。「(そんな思いを)二度と繰り返したくないと思ってビデオを見て、一日中考えた。スイッチになるんですよ、負けっていうのは……。この1年で戦略の引き出しが増えた。AプランがだめならBプラン、BがだめならC、という感じですかね」

     国枝と互いにリスペクトし合う37歳のロジャー・フェデラー(スイス)も、16年に半月板損傷で戦列を離れたが、「テニスから距離を置くことで、違った物の見方ができるようになった」という。彼も17年の全豪で復活優勝を遂げた。

     今の国枝は、勝ち続けていた頃よりも多くの選択肢をそろえる。「すぐにでも東京パラリンピックが来てほしい」。ラケットに「俺は最強だ!」の文字を貼るレジェンドが、より強くなって戻ってきた。【高橋秀明】

    高橋秀明

    毎日新聞東京本社運動部編集委員。1968年、東京都生まれ。1991年入社。京都支局、鳥取支局を経て、大阪、東京運動部で野球、大相撲、柔道、レスリング、ニューヨーク支局で大リーグを担当。アテネ、トリノ、北京の五輪3大会を現地取材した。2018年4月からパラリンピック報道に携わる。最近の趣味は畑いじり。