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加藤浩子の「街歩き、オペラ歩き」

歴史と美食とオペラの魅惑〜ボローニャ歌劇場(ボローニャ市立劇場)

ボローニャ歌劇場正面

 ボローニャは、名前が知られているわりには足を留めるひとが少ない街ではないだろうか。

     フィレンツェよりちょっと北、イタリアの北と中部の境目くらいにあるボローニャは、イタリアの交通の要衝である。南北を結ぶ重要な鉄道は大半がボローニャを経由するし、中都市にはめずらしい空港もある。だから乗り降りするひとは多いのだが、仕事ならともかく観光地として立ち寄るひとはあまりない。

     けれどボローニャは、通り過ぎるだけではもったいない街である。見どころも多いし、食べ物もおいしい。それに、オペラもいけるのである。

     ボローニャは「赤い」街と呼ばれる。旧市街の建物が煉瓦づくりなのと、冷戦以来伝統的に左派勢力が強いことがその理由だ。政治はともかく、この煉瓦の赤と、街じゅうにはりめぐらされた柱廊(=ポルティコ)は、他の街にはないボローニャの個性。一説によれば大学生の住まいをつくるために2階に張り出し部分を作り、それを柱で支えたのが始まりとか。旧市街だけでも全長38キロ!あるので、旧市街はほとんど濡れることなく歩けるありがたい設備でもある。木造の風情のある柱廊、美しい天井画が描かれている柱廊など形態もさまざまで、歩いていて見飽きない。何より、街全体に軽やかな統一感が生まれているのが快い。

    ボローニャは柱廊(=ポルティコ)でも有名

     ボローニャは中世以来独立した都市国家(=コムーネ)として、また大貴族領、そして教皇領として繁栄した。都市国家時代の1088年にはヨーロッパ最古の大学であるボローニャ大学が創設され、大貴族たちの時代には街のシンボルとなっている2本の斜塔を含む多くの塔が建てられ、教皇領時代には美しい教会や修道院が造られた。

     筆者のお気に入りのスポットは、「聖ステファノの教会群」。4つの教会が直接、あるいは回廊や中庭をはさんでつながりあっている複合建築だ。起源は5世紀にさかのぼるというが、今の建物は11世紀から13世紀のロマネスク建築。簡素ながら建物の形態はバラエティに富み、回廊に囲まれた中庭も美しい。 

     街の中心のマッジョーレ広場にそびえる聖ペトロニオ大聖堂は、対照的にヨーロッパでも10指に入る大きさに圧倒される。ファサードの色が上下で違うのは、建設が途中で止まってしまったから(計画では下半分のように、大理石が貼られるはずだった)。中断された理由はいくつか挙げられているが、資金不足も一因のようだ。

    ボローニャの中心にそびえる聖ペトロニオ大聖堂

     聖堂の建つマッジョーレ広場界隈では、ボローニャ人の生活が垣間見える。広場で仲間とうだうだと過ごし、大道芸に喝采を送り、ちょっと入ったところにある市場を冷やかし、店先に出ているテーブルでワインを傾ける。大学街のボローニャは若者が多く、観光客の多いイタリアの他の有名都市より、生活に根づいた活気に溢れているのも特徴だ。

    ボローニャは美食の街。市場にて

     旅人にとって魅力的なのは、観光以上に「美食」かもしれない。日本では「ミートソース」と呼ばれたりもするひき肉入りのパスタソース「ボローニャ風ラグーソース」は、ボローニャが起源。ただしボローニャでは乾麺のスパゲッティではなく、「タリアテッレ」と呼ばれるきしめんのようなパスタが使われる。ソースに必要な豚肉も粉チーズ(ハードチーズのパルミジャーノ)も、この地域ならではの特産物。ハムやソーセージの類も絶品で、「ボローニャ風ソーセージ」と呼ばれることもあるモルタデッラは、美食で有名な作曲家ジョアキーノ・ロッシーニを魅了し、彼の「お取り寄せ」リストに生涯とどまった。

    出演者御用達のレストラン「アンナマリア」名物のタリアテッレ

     ボローニャ歌劇場(正式名称はボローニャ市立劇場)は、そのロッシーニをはじめそうそうたる作曲家が活躍した、イタリアを代表するオペラハウスのひとつだ。開場は1763年。有名な建築家、アントーニオ・ガッリ・ビビエーナの設計による。ファサードはボローニャらしく柱廊がついており、街並みに溶け込んでいる。1859年に改装されたが、様式はオリジナルをとどめていて、18世紀の歴史的建築物に数えられている。

     この劇場の空間には、ほかの劇場にはない心地よさがある。イタリアの劇場には珍しく「赤」が使われていなくてシックな雰囲気なのと、音響がとてもいいのだ。オーケストラ、とくに弦楽器など繊細さが際立ち、音に抱かれているような気分になる。その理由は、めずらしい釣鐘型の空間と、漆喰が使われていることにもあるように思う。桟敷席には邸宅のバルコニーのような手すりがついていて、まさに劇場内の別宅のような構造。桟敷席は四階あり、上に行くほど天井が低くなるように設計されているので、下から見上げると遠近法の効果なのか、空間が実際より高くまた広く見える。その上に天井桟敷がかぶさり、細密画とシャンデリアに飾られた楕円形の天井が広がる光景は、一度見たら忘れられない。実際は席数1,043の、中規模な劇場なのだけれど。

     ホワイエもこぢんまりとし、漆喰が使われて落ちついた雰囲気。バールには、この街出身の作曲家レスピーギの名前がつけられていた。

    客席

     ボローニャ歌劇場の歴史は華麗かつ先進的だ。ロッシーニからヴェルディ、ワーグナーまでその時々の内外の大作曲家の作品を積極的にとりあげ、1870年代には「ローエングリン」をはじめとするワーグナー・オペラのイタリア初演を行ってイタリアのオペラ界をリードした。「ローエングリン」の初日にはヴェルディがかけつけ、楽譜を見ながら「美しい」だの「退屈」だのと書き込んでいる。

     活躍した演奏家もそうそうたるもの。とりわけ指揮者にとってボローニャ歌劇場のポストは重要で、近年もリッカルド・シャイー、ダニエレ・ガッティ、ミケーレ・マリオッティら、イタリアを代表する旬の指揮者がポストについている。来日も多く、フレーニ、フローレス、ヌッチ、グルベローヴァらスター歌手が名演を繰り広げてきた。6月には、8年ぶり6回目の来日公演が予定されている。

     この3月末、来日公演で上演される「リゴレット」を現地で観劇し、久しぶりに「イタリアの劇場」ならではヴィヴィッドな一体感を味わった。プレイボーイの公爵と彼に仕える道化師、そしてその娘が織りなす悲劇は、オペラの舞台であるマントヴァにある離宮、「テ宮殿」の壁画を思わせるデカダンスな壁画の前で展開する。タイトルロールのイタリアのバリトン、アルベルト・ガザーレをはじめ主役たちはそれぞれ魅力的な「声」を持ち、迫真の演技もあいまって、まさに歌手たちの「饗宴」となった。第二幕幕切れを飾る父と娘の二重唱は、客席の要求に応えてアンコール。「ビス!」(アンコール)の声が湧き上がり、歌手が応えるまで止まらない。そして応えた瞬間の爆発的な反応!劇場は生きている!と痛感する。オペラが演劇的で、アンコールなどできないように演出されるドイツとは別世界だ。だから、イタリアの劇場でオペラを観るのはやめられない。

    「リゴレット」上演後のカーテンコール

     マチネ公演だったので、劇場のすぐ近くのレストランで、15ユーロ(約2000円弱)の美味しい夕食にありつくこともできた。豆と野菜のスープ、羊と肉団子の煮込み、乾燥ハーブをかけたトマトサラダというシンプルな料理ばかりなのだけれど、どれも優しい味で、体に染みる美味しさだった。

     歴史と美食とオペラ。やっぱり、イタリアはやめられない。

    ◇    ◇    ◇

    歌劇場公式サイト

    http://www.tcbo.it/

    来日公演情報

    http://www.concertdoors.com/コンサート情報/ボローニャ歌劇場/ 

    筆者プロフィル

     加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」(平凡社新書)。最新刊は「バッハ」(平凡社新書)。

    公式HP

    http://www.casa-hiroko.com/

    ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

    https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

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