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障害者の性被害 守りきれない「法の傘」

障害者への性暴力こんな支援を

 軽度の知的障害がある吉田えみさん(23)=仮名・神奈川県在住=は、特別支援学校高等部に通っていた時、男性教諭(当時20代)から性的な被害に遭った。

 男性教諭は「背が高くてかっこいい先生」。バレンタインデーにチョコを贈ったのを機に手紙のやりとりが始まった。部活の帰りに男性教諭に「送っていくよ」と言われ車に乗せられた。「家に来ない?」。誘われるままについて行くと関係を持たされた。関係は数カ月間続いたが、ある時男性教諭のアパートに2人で入るところを知人に見られ、発覚した。

 えみさんは誘われると断るのが苦手だ。「私のことを好きでいてくれると思っていたのに……。見つかった途端、態度が冷たくなり体が目的だったと気づき、ショックだった」と話す。

 男性教諭が加害事実を認めたことや、えみさんが教諭とのやりとりをノートに詳しく記録していたことから被害事実が認定された。男性教諭は懲戒免職になり県青少年保護育成条例違反で略式命令を受けた。

 えみさんの場合は有罪だったが、知的障害者が性暴力被害者の場合、立件が見送られることも多く、無罪判決が出ることもある。

 福島地裁郡山支部で昨年9月、知的障害を抱える当時13歳の少女と性交したとして養父が監護者性交等罪で起訴された事件で、無罪判決が下された。養父は性交の事実はないと無罪を主張していた。

 判決によると、少女は中学校で教諭に生活状況を聞かれた際、前日に養父から外出先の車内で性交をされたと打ち明けた。産婦人科医は診断で少女の性器に「慢性的な性的接触の痕跡」があったと指摘。車内から養父の精液が検出された。

「先生が自分に好意を持ってくれていると思っていた。違うと分かりショックだった」と話すえみさん=神奈川県で2019年、上東麻子撮影

 一方、検察官の取り調べや証人尋問では、少女の供述が変遷。須田雄一裁判長は判決で、当日の養父の携帯電話の位置情報履歴から「性交などの機会があったとは考えにくい」とし、少女が「(中学)教諭の質問の仕方に影響を受けて事実と異なる供述をした可能性を疑わざるを得ない」と述べた。検察は控訴を断念し、無罪が確定した。

 障害者の性被害に詳しい杉浦ひとみ弁護士は「知的障害者や幼児の場合、被害に遭っていたとしても日時の記憶はあいまいなことが多い。推定無罪の原則で検察側に厳格な立証が求められる中、有罪のハードルは非常に高い」と話す。

 少女には、捜査段階で検察官らが回答を誘導しないよう「司法面接」を実施。だがその前に中学校での聞き取りで、性交の有無を教諭の方から尋ねていた。判決は、少女は「胸やお尻、股間のあたりを触られた」と自分から訴え出たものの「(中学)教諭が尋ねるまで、性交に該当するような表現をしていなかった」と誘導を受けたおそれを指摘した。

 福島県教委義務教育課はこの点を深刻に捉え、今年3月、「子どもから性的虐待の訴え(相談)があったときの学校の対応」と題した文書を県内の全公立小中高校計約740校に配布した。くり返し聞くことは避ける、性器の名称を言えない時は体の絵を職員が指し子どもに名称を言わせる――など対応を具体的に示した。

 文書の原案を作った安部郁子福島大特任教授(福祉臨床心理学)は「司法面接の導入が進む一方、最初に被害を聞くことの多い教員らが被害状況を詳しく聞き取ろうとして、被害者が自分の記憶を他者の推測と混同してしまうことがある。一刻も早く司法面接につなぐという認識を教育現場にも広めなければ」と話す。

 日時などの記憶があいまいになる原因は、他にもある。安部特任教授は「継続的な性的虐待は、道端でレイプされるような被害と異なり、決まったパターンで同じ人物から行われることが多い。子どもには食事や入浴と同じくらい日常的な記憶になり、何月何日だったかは意味を持たない。それを司法の場で特定するのは難しい」と話す。

 知的障害者の弁護を多く担当する黒岩海映(みはえ)弁護士は子どもへの配慮としてできた司法面接を「障害のある大人の被害者についても知的レベルや障害の特性に応じて、取り入れることを検討すべきだ」と提案する。「日時や場所の特定が苦手、誘導に乗りやすいといった知的・発達障害の特性を十分に踏まえた捜査が必要。裁判所も十分に理解した上で審理にあたる体制を作ることが司法の場の合理的配慮として求められる」と注文する。

 九州のある特別支援学校は性教育に力を注ぐ。知的障害や発達障害のある女子生徒が、男子生徒や会員制交流サイト(SNS)上でつながった男性に「裸を見せて」と言われて簡単に応じてしまうなど、問題が起きたからだ。同校の女性教諭(35)は「性教育は生き方を教えること。生徒を性犯罪から守るためにも必要だ」と話す。校内に「性教育推進委員会」を作り、性暴力から身を守るすべとして「嫌なことは嫌だと言っていい」「怖いと思ったらその場から逃げていい」「心配なことがあれば相談する」と生徒に指導してきた。「どんな人にも優しくしないといけない」「断って逃げたら失礼だ」と思い込んでいる生徒がいるからだ。

 海外では性犯罪の処罰規定で、被害者が障害者の場合、罪が重い国がある。フランスは強姦(ごうかん)罪は15年の拘禁刑だが、被害者が「身体障害や精神的な欠陥によって著しく脆弱(ぜいじゃく)な状態」などの場合、20年の拘禁刑。英国は、「精神障害が原因で拒絶できない者と性的活動を行う罪」がある。米国や韓国は加害者が被害者を保護する立場などの場合、より重い刑を科す=表参照。

 性暴力の根絶を目指すNPO法人「しあわせなみだ」(東京都)の中野宏美理事長は「日本の刑法の規定や裁判のルールは、障害者が犯罪被害者となることを想定していないと言わざるを得ない」と話す。刑法に、相手が障害者であることにつけこんだ性犯罪に対する処罰規定の創設を求めている。【塩田彩、上東麻子、坂根真理】

司法面接

 検察、警察、児童相談所の各代表者が原則1回の面接で、事件に遭った子どもから話を聞き取る方法。くり返し被害状況を語らせず、答えを誘導せず子どもに自発的に話してもらうことを重視する。基本的に録音・録画される。

障害児への司法面接 米国に学ぶ

 児童虐待の防止に取り組むNPO法人チャイルドファーストジャパン(CFJ、神奈川県)は、児童虐待対策が進む米国の、障害がある子にも適用できる司法面接手順や性的虐待への対応を学ぶ研修プログラムを2010年から実施。全国の検察官、警察官、児童相談所職員、医師、看護師ら延べ626人が受講した。プログラムに障害児は「健常児と同様に司法面接を受ける権利を持ち、そのための配慮を十分に行わなければならない」と明示。聴覚障害児に手話通訳をつけたり、知的障害者には精神年齢に応じて質問の難易度を変えたりすることも学ぶ。

 研修を手がける内科医の山田不二子CFJ理事長は「どんな子にも対応できるよう関わる大人がスキルを学び、子どもが安心して話せる設備を整える必要がある」と話す。

海外の障害者に対する性犯罪処罰規定の例

○米国カリフォルニア州

被害者が精神障害、発達障害、身体障害のため法的に同意する能力を欠いており、行為者がそのことを知っていて性交した場合、強姦罪になる(配偶者を除く)

○英国(イングランド及びウェールズ)

故意の性的な接触を、被害者が精神障害が理由で拒絶できず、加害者がそれを知っていた場合、「精神障害が原因で拒絶できない者と性的活動を行う罪」が成立

○フランス

暴行、強制、脅迫、不意打ちにより実行する性的挿入行為は性質のいかんを問わず強姦で15年の拘禁刑。身体障害、身体的・精神的欠陥により著しく脆弱な状態にあることが明白な者への強姦罪は20年の拘禁刑

○韓国

障害者施設の職員が、保護・監督している障害者に対し強姦や強制わいせつの罪を犯した場合、1.5倍まで刑を重くする

(法務省の資料などを基に作成)

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