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特集ワイド

政策推進優先の科学に反省を 宗教学者・島薗進さん「原発事故の健康被害は未解明」

東京電力福島第1原発構内を視察する安倍晋三首相(手前)。(左から)2号機と3号機が見える=福島県大熊町、双葉町の東京電力福島第1原発で4月14日(代表撮影)

 東京電力福島第1原発事故による放射線被ばくの健康被害の影響は、8年あまりが経過した今も解明されていない。宗教学者として科学と倫理の在り方を問い続ける上智大教授の島薗進さんは「来年の東京五輪・パラリンピックを前に、政府の『もう原発事故は終わった』というイメージ作りに科学が利用されている」と警告する。【石塚孝志】

 福島第1原発の構内に、真剣な表情の安倍晋三首相が姿を見せた。4月14日に行われた5年7カ月ぶりの視察。関係者を前に「前回視察をした際には、完全に防護服で身を固めなければなりませんでしたが、今回はこのスーツ姿で視察をすることができました」と、復興の進展と安全性をアピールした。

 炉心溶融、そして原子炉建屋の爆発。福島など多くの住民が避難生活を余儀なくされた。島薗さんは事故直後から放射線の専門家やジャーナリストらが科学的根拠が不明確なまま「この程度の被ばくでは健康被害はほとんど出ない」と語ることに疑問を感じ、放射線の健康被害の影響について調べ始めた。2013年には「つくられた放射線『安全』論」、今年3月には「原発と放射線被ばくの科学と倫理」を著し、世に問うた。

 安倍首相の言葉を額面通り受け取れば事故は収束に向かっているはずだ。また、福島県のホームページの「甲状腺検査について」との欄には「福島県では、チェルノブイリに比べて放射性ヨウ素の被ばく線量が低く、放射線の影響は考えにくいとされています」と書かれている。

島薗進教授=渡部直樹撮影

 だが、島薗さんは「そもそも国は実態解明につながる初期の放射線被ばくについて信頼できる調査をしていません。だから今に至っても安全かどうか判断できずに住民らが混乱している。それなのに、なぜ『放射線の影響は考えにくい』と言い続けるのでしょう」と、原発事故による健康被害への懸念は消え去ったとばかりにアピールする安倍政権や県、そして専門家の姿勢に異を唱える。

 放射線被ばくで懸念されるのが小児甲状腺がんだ。原発事故前には「年間100万人に1人」とされていたが、福島県が事故当時18歳以下と胎内にいた子ども約38万人を対象に11年6月から始めた検査などでは、179人が小児甲状腺がんと診断された(昨年12月末現在)。原子炉から放出された放射性ヨウ素の影響が疑われるが、半減期が約8日と短く、事故直後でなければ測定は難しい。一方で、国は「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」(SPEEDI)の予測結果を事故から約2週間公表せず、多くの人が無用な被ばくを強いられた。

 島薗さんによると、福島県での初期調査は、国の原子力災害対策本部が11年3月下旬に実施したいわき市、川俣町、飯舘村の子ども1080人の簡易測定と、弘前大の調査班による同4月の南相馬市と浪江町の住民62人などに限られる。チェルノブイリの原発事故では20万人近くが測定を受けたのと比べると、わずかなデータしかない。

 さらに国の対策本部は、内閣府原子力安全委員会(当時)から、より精密な追加検査を求められたが「地域社会に不安を与える」などの理由で応じなかった。また弘前大チームも、福島県から「人を測るのは不安をかき立てるからやめてほしい」と要請され、継続検査を断念したという。

 島薗さんは「専門家らの一連の対応はまさに『調べない、知らせない、助けない』と受け取られた。子どもの健康を守るという責務はどこにいったのか。対策本部や各地の科学者や医師らに対して、原発事故被害が予想されるような実測資料が残らないように調査を控えるような力が働いたのではないか」と問い掛ける。

 それをうがった見方と言い切れるのか。島薗さんは「現代の科学は大きな政治的、経済的な力関係から自由ではありません。そのことを自覚的に反省し、科学と社会の関係を捉え直す必要があります」と指摘する。

 例えば、エネルギー基本計画を策定する経済産業省の審議会。民主党政権時は原発に批判的な委員が定員の3分の1を占めた。しかし、安倍政権に代わった13年には、脱原発派の委員の多くが外れ、新たに原発推進派や原発立地県の知事らが加わった。翌年に閣議決定された基本計画では、原発を「重要なベースロード電源」と位置づけ、原発再稼働に弾みを付けた。

 「原発推進を続けたい政府と産業界にとって、放射線の被害が少なければ、再稼働への道も開け、被災者への補償など社会的コストも抑えられる。科学者である放射線の専門家らもその見方を共有しているように見える」と島薗さん。では、彼らはどんな役割を果たしたのか。「放射線の健康への影響に関して『心配することがよくない』と盛んに発信してきたことが大きい。健康への影響は解明されていないのに、不安を持つことによる精神的影響が問題なのだと、一方的に被災者らに教え込もうとしたのです」

 科学者が「放射線の影響は考えにくい」と世間に広めたことの危うさを島薗さんは今、強く感じている。「原発事故で苦難を被った責任は、原発を推進してきた国や自治体、企業、科学者ではなく、被害者自身に帰せられる。つまりは原発事故そのものではなく、不安を持ち、勝手に避難するなどしたことによる自己責任になってしまう。その考え方は社会的公正さよりも個人の責任を重視する新自由主義とつながっている。だから弱い立場にある被災者たちが健康不安を口にすると『風評被害を起こすのか』と、ものを言えない状況になっているのです」

 この構図は、現代の科学界が置かれている状況にも重なるという。「研究費が減る中で、普遍的な真理の探究よりも、すぐに結果が出るものが善だという短期的な業績主義の考え方に、科学ものみ込まれています」

利益に従属 異論を排除

 科学と倫理を結び付けて考えることは、島薗さんの宿命かもしれない。母方の祖父は、日本医師会会長を務めた田宮猛雄氏(故人)。公衆衛生学が専門で、業界団体が設立した「水俣病研究懇談会」で委員長を務めた。父の島薗安雄氏(同)は精神医学を専攻し、東大医学部で研修中に原爆投下後の調査で広島に派遣され、入市被ばくしたと見られる。「広島では苦しむ人たちを助けずにデータを採取しました。放射能汚染下で生存できる条件を探る米国のためです。私とはそういう話をしませんでしたが、父はそのことに矛盾を感じていたと思います」

 島薗さんは、政府の生命倫理専門調査会などに所属し、再生医療など現代の最新科学の研究の是非の討議に加わってきた経験を踏まえて訴える。

 「生命倫理の問題でも、ある研究が妥当かどうかの判断は専門家だけではできませんが、次第に利益を生む研究推進に傾いた判断をする傾向が強まっています。一方、原子力の領域では原爆開発の当時から、異論を排除し政策推進に科学技術が従属する傾向があり、原爆被害研究に引き継がれました。力の支配優先の科学は、利益を受ける人と受けない人との間に必ず分断を起こす。こうした状態が続く限り、原発事故による放射線被ばくの健康被害の影響は、解きほぐすことが難しい問題であり続けるでしょう」。原発事故は終わっていないことを政府や科学者は再認識すべきではないか。


 ■人物略歴

しまぞの・すすむ

 1948年、東京都生まれ。東京大名誉教授、上智大グリーフケア研究所長。専門は宗教学、死生学、応用倫理学。「いのちを“つくって”もいいですか?」「国家神道と日本人」「神聖天皇のゆくえ」など著書多数。共著に「低線量被曝のモラル」など。

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