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大岡信と戦後日本

/13 パリでの遭遇 詩人としての美術批評

 大岡信は1963(昭和38)年春、10年勤めた読売新聞社を退職する。新聞以外での執筆が増え、「身の振り方をはっきり決めないと、二足の草鞋(わらじ)を履いて、虻(あぶ)蜂取らずになるかもしれない」と感じ始めていたのが理由だった(『大岡信著作集 第11巻』巻末談話)。

 当時32歳で、幼子2人を抱えての定職からの離脱は無謀とも見える。しかし本人もそうだが、妻かね子さんにもあまり動じた様子はない。辞表を出す前、「素寒貧になってもいいかい?」「今だって素寒貧じゃないの」という、後に書かれた(「満十年目の喜劇」、『青き麦萌(も)ゆ』所収)通りのやり取りがあったことを、かね子さんから聞いた。

 ますます精力的に詩や評論を発表する中で、同年秋、ヨーロッパへ渡る機会を得る。パリ青年ビエンナーレの…

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