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東京へ ともに歩む

毎日新聞

高桑早生=前橋市の正田醤油スタジアム群馬で、久保玲撮影

パラアスリート交差点

陸上・高桑早生「その先へ」私が考える情報発信のあり方

 「パラアスリート=障害者の代表」と見られがちかもしれないですが、絶対に違います。これは強調したいです。東京パラリンピックに向けて障害者スポーツが盛り上がることはうれしく、社会にとっても前向きなことだと思います。しかし、冒頭の構図により生きづらさを感じたり、苦しんだりする一般の障害者もいるのではないかと思うのです。

     私はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で自分の考えを積極的には発信していません。受け手側がどう感じるかを、気に掛けているからです。

     例えば私が「障害者だって走れる」と発信し、それだけを情報の全てだと思い込んだ受け手が、足を切断した患者さんを「高桑が走れると言っていた」と励ましたとします。しかし、切断の症状はさまざまです。義足の適合が難しい断端(切断部分)の患者さんだとしたら、非常につらい思いをすることになります。

     この例は、スポーツには興味が無く、日常生活を送ろうとする障害者にも通ずると思います。健常者の誰もが五輪出場を目指すわけではありません。障害者も同様です。私のような動ける障害者が、さも障害者代表かのように情報を発信し、広まってしまうことには注意が必要です。さまざまな障害者がいることを忘れてはいけません。

     私はスポーツで世界のトップを狙っていますが、そうではない人が大多数です。SNS上で、パラアスリートについて「押しつけがましい」とする障害者の意見を目にしたこともあります。スポーツが盛り上がる一方で、苦しむ人がいる場合もあるということです。東京パラリンピックに向けた機運の高まりは歓迎しますが、特定の価値観を押しつけるようなことがあってはならないでしょう。

     自分以外の障害者を全て理解しているわけではありません。私には私の世界があり、他の障害者も独自の世界を持っています。それぞれの人生を大切に、尊重し合うためにも、私はアスリートではない多くの人にも思いを巡らせたいです。

     大学4年生の時の大会で、陸上関係者から「義足は進化しているからパラリンピックにも出られるよ」と声をかけられたことがあります。実際には既にロンドン・パラリンピックに出場していたのですが、私は素直に激励と受け止めました。ただ、趣味で走っている人がそういった声をかけられると、苦しみや重圧を感じることもあるかもしれません。

     スポーツに取り組む障害者全員がパラリンピックを目指しているわけではなく、障害者スポーツの全てがパラリンピックに含まれるわけではありません。障害者スポーツを広い枠組みでとらえることが必要だと思います。

     自分の発信した情報の広がり方への危惧や、嫌われたくないという思いもあり、SNSで込み入った発信は避けてきました。でも私は日本記録保持者であり、パラリンピックには2度出場した立場でもあります。自分の情報発信のあり方と向き合っていきたいと思います。

    元号が令和に変わりましたが、どんな時代にしたいですか?

     10年しか障害者スポーツの世界にいませんが、平成での環境の変化には驚くばかりでした。パラアスリートからプロ選手が出たり実業団のような活動をしたり、まさに過渡期でした。この変化をさらに発展させていくのが、令和の時代だと思います。日本の障害者スポーツは2020年で節目を迎えます。陸上は21年に日本で世界選手権が開催され、いい流れです。このチャンスを無駄にせず、次の時代に向けたスタートダッシュを決めたいですね。

    たかくわ・さき

     埼玉県熊谷市出身。小学6年で骨肉腫を発症し、中学1年で左脚膝下を切断した。慶大2年だった2012年、ロンドン・パラリンピックに初出場。15年世界選手権では走り幅跳びで銅メダルを獲得した。16年リオデジャネイロ・パラリンピックは同5位、100メートル8位、200メートル7位。NTT東日本所属。26歳。