原爆資料館

73年ぶりの母子“再会” 被爆3日後の少女写真 「生んでくれてありがとう」 /広島

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リニューアルオープンした原爆資料館本館で、被爆3日後の母幸子さんを捉えた写真を見つめる藤井哲伸さん=広島市中区で、山田尚弘撮影
リニューアルオープンした原爆資料館本館で、被爆3日後の母幸子さんを捉えた写真を見つめる藤井哲伸さん=広島市中区で、山田尚弘撮影

 28年ぶりの大規模改装を終えた原爆資料館の本館(中区)。公開初日の先月25日、東京都調布市の会社員、藤井哲伸さん(58)は入り口に掲げられた少女の写真を静かに見つめた。うつろな目で正面を見据えて原子野にたたずむ少女は原爆投下の3日後、毎日新聞記者が捉えた母幸子さん(当時10歳)だった。【山田尚弘】

 「生んでくれてありがとう」。先月25日、写真に語りかけた藤井さんの言葉に感慨がこもる。その一葉は1945年8月9日、毎日新聞大阪本社写真部の国平幸男記者(2009年に92歳で死去)が広島市中心部で撮影した。長く身元不明だったが、毎日新聞のウェブサイトが母子の“再会”をたぐり寄せた。

 毎日新聞所蔵で被爆後に撮影した写真を紹介する「広島原爆アーカイブ」を見た藤井さんが17年8月、「右腕の傷に見覚えがある。母親ではないか」と名乗り出た。藤井さんが提供した戦後の写真との比較鑑定で、東京歯科大学の橋本正次教授(法歯学)が「同一人物である可能性が非常に高い」と結論づけていた。身元が分かるまで実に73年を要した。

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