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「稲尾様」神社で顕彰 別府の生家隣「野球ファン聖地に」

1958年の日本シリーズ巨人戦で力投する稲尾和久さん=福岡市の平和台球場で1958年10月14日
稲尾和久さん=野田武撮影

 「鉄腕」の異名で知られる元西鉄ライオンズのエース、稲尾和久投手(1937~2007年)を顕彰する記念碑が、出身地の大分県別府市の生家隣にある波止場神社(同市元町)に建立された。飲食店が並ぶ繁華街や、観光名所の竹瓦温泉の近くにあり、「別府温泉の新しい名所になれば」と観光関係者は期待する。

 記念碑は、稲尾投手の直筆サインを基に「鉄腕一代 稲尾和久」と彫られた野球ボール(直径約40センチ)とバット(長さ約110センチ)の石碑。市内の旅館「べっぷ昭和園」内にあったが、旅館のオーナーが変わり、神社へ寄贈、移設した。

 稲尾投手は別府緑丘高から西鉄に入団。通算276勝を達成し、西鉄の黄金時代を築いた。56年から3年連続、日本シリーズで巨人を破り、球史に残る名勝負は「神様、仏様、稲尾様」とたたえられた。

稲尾投手直筆の「鉄腕一代」の記念碑の除幕式に出席した、おいの稲尾幸則さん(右から2人目)ら=大分県別府市の波止場神社で2019年4月4日、大島透撮影

 漁師の父を手伝うため8歳から別府湾で舟をこいだ。不安定な波の上で足を踏ん張り、投球に必要な足腰のバネや体重移動の感覚を養ったという伝説がある。59年には映画「鉄腕投手 稲尾物語」がヒット。ロケが実施された神社周辺は一躍有名になった。

 4月に神社であった除幕式に参加した稲尾投手のおいで、福岡県筑紫野市の会社員、稲尾幸則さん(65)によると、神社は稲尾投手の子供時代の遊び場だった。境内の松の木に登ってラジオを聴き、三角ベースの野球を楽しんだという。中学時代は捕手で、やせた体格から「骨(こつ)」というあだ名で呼ばれていた。幸則さんは「おじが亡くなった今でも別府の人たちから慕われているのが、とてもうれしい」と記念碑建立を喜んだ。

 波止場神社奉賛会の平野芳弘事務局長は「この場所が全国の野球ファンの聖地の一つになることを願っている」と話した。市内にある別府市民球場(愛称・稲尾球場)には「稲尾和久記念館」が併設され、本人が寄贈したユニホームやトロフィーなども展示されている。【大島透】

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