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毎日新聞

天皇杯を掲げて優勝を喜ぶ宮城MAXの選手たち=東京・武蔵野の森総合スポーツプラザで2019年5月12日、藤井達也撮影

Field of View

車いすバスケ 障害の有無を超越した戦い

 令和初の天皇杯を争う車いすバスケットボールの日本選手権決勝は、障害の有無を超えた戦いになった。

     5月12日、東京・武蔵野の森総合スポーツプラザ。今大会から初めて健常者の参加が可能になり、決勝に進出した2チームのうち、埼玉ライオンズには健常者3人が含まれていた。障害のあるアスリートだけで臨み、71―35のダブルスコアで大会11連覇を達成した宮城MAXの大黒柱で、男子日本代表のエースでもある藤本怜央(35)は率直に語った。

     「僕は障害者スポーツは障害者が強くないといけないと思っている。だから健常者を入れていない僕らのほうが優勝するのは当たり前。障害を負ってから、苦難を乗り越えて、このスポーツに人生をかけてやってきた僕たちの勝利だと思う」

     健常者に門戸を開いた背景には、競技人口の減少がある。地方ではチーム編成がままならず、日本車いすバスケットボール連盟は昨年7月、健常者の選手登録を認めた。

     車いすバスケは1960年の第1回パラリンピック・ローマ大会から実施されている花形競技だが、同連盟の玉川敏彦会長は「交通事故や産業事故が減ってきているのに加え、パラ競技が増えてきている中、バスケだけというわけにはいかなくなってきている」と指摘する。2020年東京パラリンピックで実施されるのは22競技。他競技に流れる選手もいる。昨年の世界選手権で優勝に貢献した車いすラグビー日本代表主将で38歳の池透暢(ゆきのぶ)も、元々は車いすバスケの選手だ。

     一方で健常者の間では、大学生などを中心に車いすバスケが普及しつつある。決勝で藤本とマッチアップした看護師の大山伸明(25)も、埼玉県立大時代にサークル活動で車いすバスケを始めた健常者アスリートだ。今年1月から埼玉ライオンズに所属し、今回が初の天皇杯だった大山は「怜央さんにはディフェンスの上から決められた。少しでもマークが遅れると3ポイントも決められちゃう。一瞬も気が抜けない戦いだった」と振り返った。

     二つの時代をまたいでの天皇杯獲得に貢献した藤本も「健常者が入ることで、より車いすバスケの質が高まった」と、この競技が「共生のスポーツ」として、新たなステージに入った喜びを口にした。

     真剣勝負の中でしか生まれないリスペクトや相互理解といったものがあるのだろう。大山は言う。「障害者スポーツの大きな大会に健常者が交じってやるのは車いすバスケ以外なかなかない。こういう大舞台を経験できて、本当に楽しかった。障害のあるなしに関係なく、車いすバスケを一つのスポーツとして広めたい」。ちなみに大山が乗っている競技用の車いすは、オーダーメード。生半可ではない真剣さが、伝わってくる。【高橋秀明】

    高橋秀明

    毎日新聞東京本社運動部編集委員。1968年、東京都生まれ。1991年入社。京都支局、鳥取支局を経て、大阪、東京運動部で野球、大相撲、柔道、レスリング、ニューヨーク支局で大リーグを担当。アテネ、トリノ、北京の五輪3大会を現地取材した。2018年4月からパラリンピック報道に携わる。最近の趣味は畑いじり。