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日本文化をハザマで考える

第4回 変わりゆくチェスと将棋の「クイーン」

チェス

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 2年ほど前、私は8歳(当時)の息子にチェスを教えた。驚かされたことに、ほんの2、3日もすると、息子は自分でゲームのルールを変え、私に教えてくれた。非常に面白いことに、それはフェミニストのルールだった。

     息子が考え出したルールでは、おのおののクイーンは場所を変え、相手の陣地で人質になっている。このゲームの目的は、キングを守ることではなく、人質になっているクイーンを助け出すことだ。クイーンの周りの、相手の駒をすべて取り除き、クイーンが束縛されずに動けるようにした方が勝つ。このゲームでは、キングはほとんど意味がなく、ゲームの途中で取られてしまうことさえある。他にも新しいルールがあった。例えば、キングと人質のクイーンを、たとえ他の駒がその間にあろうとも、「城で守る」ことができる。

     ルールがこんなふうに変わると、昔からある開戦の手などは必要なく、新しくて面白い可能性が広がる。なんとも興味をそそられる。

     先日、ベルリンのペルガモン博物館に行った時、チェスの歴史という展示に出くわした。それは、チェスがいろいろな国に広まるにつれ、いかに変わっていったか、ということを示していた。中でも、最も変わったのは、クイーンの役割だったのだ。

     元々アラビアのチェスでは、クイーンという駒はなく、「Firzan」と呼ばれるキング(シャー)の相談役だった。そして、対角線上を1マス動けるだけだった。しかしチェスがヨーロッパに来ると、もっと動けるようになった。13世紀にスペインのカスティーリャでは、クイーンは「Alferza」と呼ばれ、最初に、たとえ他の駒を飛び越えることになっても、対角線上に2マスか、まっすぐ進めることになった。しかしどの方向にも動ける強いクイーンが登場したのは、15世紀になってからだった。

     私は、日本のチェスとも言える将棋から、「クイーン」がなくなったのはいつのことだろうと興味を持った。しかし、調べてみると、将棋の歴史がいかに複雑であるかを知って驚いた。9世紀までには、さまざまなチェスがすでに日本に入ってきていたようで、中世までには、大きさの違う盤でする、数多くの複雑な将棋があった。「平安将棋」「平安大将棋」「大将棋」「和将棋」「天竺将棋」「大大将棋」「摩訶大大将棋」「大局将棋」などである。「中将棋」と呼ばれるものは、1930年代までは京都で行われていて、他の将棋ではなくなっていた「クイーン」がまだ使われていたのだ。

    将棋=ゲッティ

     チェスを、社会での変わりゆく女性の役割の再評価を反映したゲームであると見るのも面白いだろう。息子が直感的にチェスを作り変えたのは、由緒ある伝統にのっとったものだったようだ。日本の将棋も、そのうち、女性の駒をゲームの中心に据えるようにさせられるのだろうか、と私は思った。

    @DamianFlanagan

    ダミアン・フラナガン

    ダミアン・フラナガン(Damian Flanagan) 1969年英国生まれ。作家・評論家。ケンブリッジ大在学中の89~90年、東京と京都に留学。93~99年に神戸大で研究活動。日本文学の修士課程、博士課程を経て、2000年に博士号取得。現在、兵庫県西宮市とマンチェスターに住まいを持って著作活動している。著書に「世界文学のスーパースター夏目漱石」。

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