特集

「印象派への旅 海運王の夢-バレル・コレクション-」 バレエ・熊川哲也さん「画家・ドガ」と初対面

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
エドガー・ドガ「リハーサル」1874年ごろ(C)CSG CIC Glasgow Museums Collection
エドガー・ドガ「リハーサル」1874年ごろ(C)CSG CIC Glasgow Museums Collection
「リハーサル」の前で「初対面に興奮気味です」と話す熊川哲也さん 拡大
「リハーサル」の前で「初対面に興奮気味です」と話す熊川哲也さん

優雅な踊り子魅了され

 日本バレエ界のトップランナー熊川哲也さんが、「踊り子の画家」ドガとの初対面を果たした--。Bunkamuraザ・ミュージアム(東京・渋谷)で開催中の「印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」展。目玉は、バレエの稽古(けいこ)風景を切り取ったドガの油絵「リハーサル」だ。鑑賞に駆け付けた熊川さんは「150年前の稽古風景が、こんなに優雅だったとは。木の床がきしむ音まで聞こえるようです」と感慨深げ。「この絵、買いたいけど幾らかな」と冗談を飛ばしつつ、「暖炉のある部屋に飾って、火影がちらちらと画面に映るのを見たいですね」と、想像の旅を楽しんだ。【斉藤希史子、会場内の写真は根岸基弘撮影】

 ドガはパリ・オペラ座の踊り子を主題とする作品群で知られ、「バレエダンサーにはなじみ深い画家」と熊川さんは言う。門外不出とされてきた「リハーサル」の第一印象は「古き良き時代の優雅さが、ここにとどめられている」……。現代の稽古場は人工物で覆われ、ダンサーの格好も機能重視。対してドガの踊り子たちは、ロマンチック・チュチュと呼ばれる丈長の衣装をふんわりとまとい、色とりどりのリボンを巻いている。Kバレエカンパニーの芸術監督として古典作品を尊重してきた熊川さんには、「憧れをかきたてられる」光景だ。

 画面を細かく見ていくと、「リハーサル」(作品の稽古)という表題とは裏腹に、踊っているのは中央の2人だけにも見える。片脚を後ろに上げる「アラベスク」のポーズをしている。「手前の女性はどっかりと座り、左手には、らせん階段を下りてくる足が見えます。これはきっと休憩時間のひとコマで、真ん中の2人は自習中なのでしょう」と、芸術監督らしい分析。そして右奥に小さく描かれた初老の男性は、熊川さんにとって特別な人物という。

 振付家ジュール・ペロー。「今に残る名作『ジゼル』の生みの親」だ。けなげな村娘ジゼルの悲恋を描いたこのバレエは、熊川さんがカンパニーを起こして最初に取り組んだ全幕作品。初演から160年後に当たる、2001年に上演された。

 絵の中のペローは踊り子を指導するふうでもなく、目を伏せている。「振り付けでも考えているのでしょうか」と熊川さん。X線調査によると、当初はこの位置に柱が描かれていたが、後にペローの姿に改められたらしい。

 歴史をひもとくと、絵が完成する直前の1873年、旧オペラ座の建物は焼失している。「ガルニエ宮」と呼ばれ、現在もパリ中心部に建つオペラ座の完成は75年。つまり「リハーサル」は、劇場の空白期に描かれたのである。絵画でも音楽でも「作者と対話をする気持ちで鑑賞する」という熊川さん。失われた稽古場に大振付家の姿を描き加えたドガは、「創造の瞬間」を永遠に刻み込もうとしたのだろうか。

 熊川さんは目下、二つの新作のリハーサルを掛け持ち中だ。カール・オルフ作曲「カルミナ・ブラーナ」と、プッチーニの「マダム・バタフライ」(蝶々(ちょうちょう)夫人)。いずれも名曲のバレエ化で、今秋初演を迎える。

 「カルミナ……」は、「運命の女神が悪魔の子を産み落とす」という独自の設定。悪魔の子は「20世紀最悪の独裁者」にちなみ、「アドルフ」と名付けた。「大音量が迫ってくる強烈な曲の冒頭にインスピレーションを受け、わずか1時間で物語の構想をまとめました。何かを創造するには霊感と、加えて度胸が必要です。リハーサルでは笑われるような動きにも挑戦しなければ、新しいものは生まれませんから」。黙考するペローのように熊川さんも、内なる霊感と度胸を温めながら創作に打ち込んでいる。

海運王のコレクションらしく、港が描かれた絵も多い。ブーダンの「ドーヴィル、波止場」を見つめる熊川さん 拡大
海運王のコレクションらしく、港が描かれた絵も多い。ブーダンの「ドーヴィル、波止場」を見つめる熊川さん

 展覧会全体は、海運業で財を成した英国のウィリアム・バレル卿(1861~1958年)のコレクションを中心に構成されている。バレエ資料の収集家でもある熊川さんは「美意識が一貫しており、やみくもに集めたのではないことが分かる」と評価。バレルの本拠・スコットランドのグラスゴーは、英ロイヤル・バレエ時代によく訪れた、忘れがたい土地と言う。「港が描かれた絵はどれも、いかにもヨーロッパという趣ですね」と懐かしげだ。

フィンセント・ファン・ゴッホ「アレクサンダー・リードの肖像」1887年、ケルヴィングローヴ美術博物館蔵 (C) CSG CIC Glasgow Museums Collection  拡大
フィンセント・ファン・ゴッホ「アレクサンダー・リードの肖像」1887年、ケルヴィングローヴ美術博物館蔵 (C) CSG CIC Glasgow Museums Collection 

 実は「絵画より人物写真が好き」とあって、ゴッホが描いた画商アレクサンダー・リードの肖像にも「目が合う」と興味津々。リードはゴッホの弟テオの仕事仲間で、ドガとも親しかった。「リハーサル」もリードを介してパリからグラスゴーへ。そして今、海を越えて来日したのである。

 ザ・ミュージアムの上階に位置するBunkamuraオーチャードホールの芸術監督も務める熊川さん。「令和元年はBunkamuraの誕生30周年に当たり、Kバレエにとっても20周年の節目です。身体芸術であるバレエは瞬時に消えてしまうけれど、絵画は1000年先まで残る。ドガとペローが時間と空間を超え、このタイミングでここ渋谷に来てくれたことに、ロマンを感じずにはいられません」


Bunkamuraザ・ミュージアムで

 <会期>6月30日(日)まで。6月4日(火)は休館。開館時間は10~18時。毎週金曜・土曜は21時まで(入館は各閉館の30分前まで)

 <会場>Bunkamuraザ・ミュージアム(東京都渋谷区道玄坂2の24の1)

 <入館料>一般1500(1300)円▽高校・大学生1000(800)円▽小学・中学生700(500)円。かっこ内は20人以上の団体料金

 <問い合わせ>ハローダイヤル(03・5777・8600)。展覧会公式サイトhttps://burrell.jp/。Bunkamuraホームページhttps://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/19_burrell/

主催 毎日新聞社、Bunkamura

後援 ブリティッシュ・カウンシル

特別協賛 大和ハウス工業

協賛 大日本印刷

協力 日本航空


 ■人物略歴

くまかわ・てつや

 北海道出身。1989年、ローザンヌ国際バレエコンクールで日本人初の金賞を受け、東洋人として初めて英ロイヤル・バレエに入団。最高位プリンシパルに駆け上がるも、98年に退団・帰国。翌年Kバレエカンパニーを創設し、芸術監督に就任。古典の新演出と創作で、手腕を発揮している。「クレオパトラ」(2017年)の演出で毎日芸術賞特別賞など、受賞多数。9月4、5日にはBunkamuraオーチャードホールでKバレエによる「カルミナ・ブラーナ」を世界初演する。指揮は気鋭のアンドレア・バッティストーニ。「カルミナ・ブラーナ」の公演ホームページはhttps://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/19_carmina_burana/。問い合わせは03・3477・9999。

あわせて読みたい

注目の特集