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「8年越しの花嫁」の難病

続・死亡率7%の壁(1)意識不明5カ月、最後にたどりついた「特別な薬」

2014年5月に発症した石黒宏美さん。今は社会復帰して夫の仕事も手伝う=埼玉県所沢市で5月21日、照山哲史撮影

 実話を基にした映画「8年越しの花嫁」(2017年公開)で、土屋太鳳さんが演じる主人公の女性が患ったのは難病「抗NMDA受容体脳炎」だった。この治療において、海外では有効性が認められているにもかかわらず、国内では「原則」として使えない薬がある。しかし、防衛医科大学校病院(埼玉県所沢市)は、学内の倫理委員会の審査を経て、この薬を患者5人に使ってきた。うち4人は短期間で社会復帰を果たす一方で、結果的に命を落とした女子高生もいる。「死亡率7%」とされる病。その生死を分けたのは何だったのか。3回にわたって報告する。【照山哲史】

 「こ、ど、も、が、し、ん、ぱ、い」(子供が心配)。病室のベッド横にあるホワイトボードに、患者の女性が黒ペンで1文字ずつ書き込んだ。ミミズがのたくるような文字から必死さが伝わってくる。14年10月27日のことだ。「抗NMDA受容体脳炎」を発症してから約5カ月もの間、意識不明の状態が続いていたが、初めて自分の気持ちを伝えることができた瞬間だった。「特別な薬」を投与してから1カ月が過ぎていた。

 女性は、2児の母親である石黒宏美さん(42)=所沢市在住。この年の5月初め、近くの病院で風邪と診断されたのが悪夢の始まりだった。その2日後に長女が通う小学校の行事に参加したが、「酒に酔っているのでは」と周囲に疑われるほど陽気に振る舞っていたという。見かねた友人が行事の途中で自宅に送り届けたほどだった。

 翌日未明に失神して市内の民間病院に救急搬送された。3日間集中治療室で治療を受けたものの症状は改善しなかった。脳疾患の疑いで、防衛医科大学校病院に転院。症状などから「抗NMDA受容体脳炎ではないか」と診断されて、判定のための検査と治療が始まった。

「特別な薬」を使った治療を施している防衛医科大学校病院=埼玉県所沢市で5月7日、照山哲史撮影

 この病気は風邪のような症状から始まり、精神症状が出てくる。やがて意識障害に陥り、本人が意識しないで体が動く不随意運動などを起こすのが典型だ。卵巣奇形腫などによる免疫反応でできた特殊な抗体が脳を「攻撃」するというメカニズムが07年に分かるまでは、長く原因不明で「悪魔払い」されてきた難病である。国内では年間約1000人が発症し、8割を若い女性が占めるとされる。男性や子供、高齢者もかかることが分かっており、特殊な抗体がなぜできるのか解明されたわけでなはい。

発症前の元気な頃の石黒宏美さん=2013年ごろ撮影、本人提供

 患者が女性で奇形腫が見つかれば抗体ができないように、腫瘍を手術で取り除くのが治療の大前提だ。そして第1段階の治療(ファーストライン)では、薬で免疫反応を調整し抗体ができないようにしたり(ステロイドパルス療法、ガンマグロブリンの大量投与)、抗体を取り除くため血漿(けっしょう)を交換したりする。しかし、そうした治療は免疫反応を抑えるため、感染症にかかるリスクを逆に高めてしまう。

防衛医科大学校病院入院時の石黒宏美さん=家族提供

 中枢神経の機能障害による呼吸障害も典型症状だ。呼吸器装着を余儀なくされる患者が4割にも上るとのデータもある。ただ、人工呼吸器装着は鼻やのどを経ずに直接体内に酸素を取り込むため、そのリスクを一層高めることになる。

 奇形腫が当初見つからなかった石黒さんも人工呼吸器を装着したが、ファーストライン治療を施しても「顔はパンパンに腫れ、高い熱も下がらないままで、(不随意運動により)足でベッドを激しくたたく状態」(夫淳一さんの話)で、意識も戻らなかった。

 それどころか感染症にかかったことなどにより、淳一さん(45)は医師から3度にわたって「覚悟してください」と告げられていた。医療チームの懸命の治療によって危機的状態を乗り越えたが、絶望的状態を脱したわけではなかった。

 他の患者の家族がしたように、淳一さんは何かにすがるようにインターネットで調べて、この難病について詳しくなっていった。そして「最終手段」というべき「特別な薬」の存在を知った。(次回は27日掲載)

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