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ゲノム医療幕開け がん関連遺伝子検査保険適用へ 差別には懸念

がんゲノム医療の流れ

 患者の遺伝情報(ゲノム)を治療に生かす「がんゲノム医療」を巡り、厚生労働相の諮問機関、中央社会保険医療協議会(中医協)が29日、がん関連遺伝子を調べる「遺伝子パネル検査」について公的医療保険の適用を了承した。来月1日から保険が使えるようになる。手術や化学療法などで改善しなかった患者にとって新しいがん治療の幕開けは福音だが、効果が見込める患者はまだわずかだ。不十分な診療体制や遺伝子差別への懸念など、課題も山積している。【酒井雅浩、御園生枝里】

遺伝子検査で最適治療薬

「できる治療が一つずつ減っていくことが不安だった。遺伝子パネル検査で新しい薬が見つかり、治療を受けることができてうれしい。効果が続けば生きていける」。肺がんの一種、肺腺がんを患った清水佳佑さん(37)=大津市=はこう言ってほほ笑んだ。

遺伝子パネル検査は、遺伝子を高速で読み解く装置「次世代シーケンサー」で、100~300個のがん関連遺伝子を調べる=東京都中央区で、酒井雅浩撮影

 2000年代初めに登場した肺がん治療薬「イレッサ」が、特定の遺伝子に変異があると有効であることが分かり、がんの原因となる遺伝子を特定し、効果が見込める薬を選ぶ治療法が一般的になった。だが、費用など患者の負担を考えると、可能性の低い遺伝子まで検査を広げることは難しかった。パネル検査では、遺伝子を高速で読み解く装置「次世代シーケンサー」で100~300個ものがん関連遺伝子を分析し、変異がないか調べる。

 清水さんは、17年4月に転移のあるステージ4の肺腺がんと診断された。8月に近畿大病院でパネル検査を受け、「HER2」と呼ばれる遺伝子に変異が見つかった。限られた肺腺がんの患者にしかみられない変異だ。今年2月から臨床試験に参加。3週間に1度、抗がん剤の点滴を受け、3カ月後のコンピューター断層撮影画像では、転移した脇や首などのがんが半分程度に縮小した。

「打率の低さ」に難点

 中医協は、保険適用を決めたパネル検査の価格を56万円とした。患者の自己負担は1~3割、月ごとの負担に上限を設ける高額療養費制度を使えばさらに抑えられるが、対象は標準治療で結果が出なかった固形がん(血液以外のがん)の患者に限定した。パネル検査が、その時点で奨励される最善治療の標準治療になるには成功率がカギだ。がんゲノム医療に携わる医師や研究者は「(効果的な薬が見つかるという)打率が低いことが最大のネック」と口をそろえる。国立がん研究センター中央病院の臨床試験では、パネル検査を受けた患者187人のうち、効く可能性のある治療薬が見つかった患者は25人とわずか13%だった。

がんゲノム医療の中核拠点病院と連携病院数

 臨床試験で遺伝子変異が見つかり、治療薬を服用した肺がん患者の60代男性は、新たな抗がん剤を投与して一時は症状が改善したが、5カ月後、副作用によって治療の継続が難しくなり、自宅療養に切り替えた。治療に当たる臨床医は「標的となる遺伝子に働く薬がそろっているわけではない。『がん治療を劇的に改善する』と言うためには創薬を進めることに尽きる」と話す。清水さんも「患者の命をつなぐ治療の選択肢を増やして」と訴える。

 ただ、保険適用が認められたパネル検査で調べる遺伝子は全体のごく一部だ。新薬など治療の選択肢をもっと増やすためにも、がん関連遺伝子などを新たに見つけ出す必要がある。このため政府・与党は「限られた遺伝情報だけでは創薬に不十分」として、患者の遺伝情報全体を網羅的に調べる「全ゲノム解析」の本格運用に乗り出す。「3年間で10万人」を目標に、関連予算を盛り込むよう調整する方針だ。

結果まで「致命的な」1カ月

 厚労省は、遺伝子パネル検査を受ける患者数を「当面は年数千~1万人程度」と見込み、今秋にも受け入れの体制が整うとしている。だが、がんゲノム医療に携わる臨床医は「対応できる病院数を増やしても、専門医を取り合うだけ。患者に早く、適切な治療を届けることにつながらない」と懸念する。

遺伝子パネル検査のため、患者の検体を準備する=東京都中央区で、酒井雅浩撮影

 がんゲノム医療では、国内の9都道府県にある11施設を、検査や結果分析、人材育成や研究開発を担う「中核拠点病院」に指定。患者側の窓口となる「連携病院」は、全都道府県に156施設を設けている。

 遺伝子解析は外部の検査機関に依頼するケースが多く、中核拠点病院は結果を基に、がん治療や遺伝子の専門医による会議で検討し、治療方針を決める。連携病院は、方針を受けて治療に当たるという流れだ。

 現状では、患者に結果が届くまで3~4週間かかる。厚労省は、検査と分析、治療方針の決定を担う「拠点病院」について、9月にまず30施設程度を新設する方針だ。「年2万人程度の患者受け入れが可能で、検査対象となる全ての患者に対応できる」としている。

抗がん剤の年間売上額

 しかし、専門医会議に携わるがん専門医は「標準治療を終えた後、治療に耐えられる患者は年最大7万人との試算がある」と話す。「標準治療のなくなったがん患者にとって、1カ月は致命的な時間。保険適用により、希望患者が増えれば、検査は全て無駄になる恐れがある」と指摘する。

個人情報扱いに課題

 個人情報の取り扱いも大きな課題だ。遺伝子検査で患者本人だけでなく、家族まで遺伝性のがんを発症する遺伝子を持っていることを発見してしまう恐れがあるからだ。パネル検査では、そうした遺伝子が10個程度含まれる。

遺伝子を高速で読み解く装置「次世代シーケンサー」=東京都中央区で、酒井雅浩撮影

 「将来がんになる可能性が高い」という遺伝情報が、結婚や就職、民間の生命保険や医療保険に加入できないなどの差別をもたらす危険性もある。遺伝情報に基づく差別を巡っては、米国が08年に差別禁止法を作り、保険や雇用分野で差別的扱いを禁止した。ドイツやカナダなども法的に禁止項目がある。日本でも、超党派の議員連盟が国会提出を目指す「ゲノム医療推進法案」に、遺伝差別の防止規定を盛り込むことを検討している。

 NPO「がんサポートかごしま」の理事長、三好綾さん(44)は、27歳の若さで乳がんとなった。一般的になった遺伝子検査を昨年受けた時、「遺伝性のがんだった場合、家族に伝えるかどうか、事前に相談しておいてください」と医師から告げられたという。幸い自身は遺伝性のがん関連遺伝子に異常はなかったが、「患者が病気のこと以外に負担を強いられる。遺伝性だと知ったら、より悩みを抱えてしまう」と懸念。ゲノム医療に対応した専門の遺伝カウンセラーを、各病院に配置することを求めている。

医療費押し上げも

遺伝子パネル検査について、患者らからは「治療の可能性を広げるため、手術後の病理検査時など早期に受けられるようにすべきだ」との意見がある。だが、標準治療が残っている段階では「不要な検査」となり、医療財政への影響も避けられない。

 医療費に対する薬剤費比率は1998年以降、2割程度で推移しているものの、パネル検査のような新技術や高額薬の登場で今後、医療費全体を押し上げることが懸念される。

 日本の医薬品取引を網羅する医療コンサル大手「IQVIAジャパン」によると、18年の抗がん剤の売上額は、前年比9・6%増の1兆2001億円。過去最高となった。「キイトルーダ」は前年比155・1%増。18年末、傷ついた遺伝子の修復機能が低いことが検査で判明した場合、臓器にかかわらず使用できることが初めて認められ、さらに売り上げを伸ばすことが予想される。

 また、5月には一部の白血病などに効果がある治療薬「キムリア」の公的医療保険の適用が始まった。薬価は1回3349万円と過去最高額を記録。高額療養費制度により、年収約370万~770万円の患者の負担は約41万円で、残りは公的医療保険からの支出になる。

 こうした流れを受け、厚労省は、薬の費用がその効果に見合うかどうか分析する「費用対効果」という手法を16年度に試行的に始めた。今年度から本格導入する。

 小黒一正・法政大教授(公共経済学)は「費用対効果では、1人当たりの標準的な治療費は小さいものの、総量が多く、市場規模が大きい薬はコントロールが難しい。診療報酬改定に合わせて薬価を引き下げ、医療費を抑制してきたが、いずれそれも限界がくる」と指摘。医療財政再建に向け、「薬の治療への有効度に応じて自己負担割合を見直すなど抜本的な制度改革が不可欠だ」と訴えている。 

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