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若松孝二とその時代

2012年10月17日に若松孝二監督が突然の事故で逝ってから5年半余りがたった。「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」「キャタピラー」「水のないプール」「天使の恍惚(こうこつ)」「赤軍-PFLP・世界戦争宣言」「犯された白衣」など、日本映画史に残る傑作、問題作を数多く残した鬼才の死を惜しむ声は今も少なくない。「映画を武器に世界と闘う」「日本映画界をブチ壊す」--。半世紀にわたって、体制への怒りと反抗心をむき出しにした若松監督がこの国にもの申し、時代を撃ち続けた力の源泉とは何だったのか。ゆかりの深かった関係者へのインタビューなどから、にんげん・若松孝二の原点と魅力に迫る。

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最終回 若松イズムを絶やすな! 若松監督とは何者だったのか

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晩年の若松孝二は病魔と闘いながらも、創作意欲は衰えを知らなかった。インタビューでも「原発問題」「従軍慰安婦」「731部隊」などといった問題を「映画で描きたい」と、何度も口にしていた=久保玲撮影
晩年の若松孝二は病魔と闘いながらも、創作意欲は衰えを知らなかった。インタビューでも「原発問題」「従軍慰安婦」「731部隊」などといった問題を「映画で描きたい」と、何度も口にしていた=久保玲撮影

 映画「止められるか、俺たちを!(止め俺)」(2018年)の製作・公開を機に、若松孝二監督と親交のあった映画人らのインタビューなどを通じて、若松の人生の軌跡に焦点をあてた連載「若松孝二とその時代」も、いよいよ最終回を迎えた。

 一体、若松とはどんな男だったのか、映画を通して何を訴えたかったのか。1年間にわたった本連載を通じて、実像の一端を感じてもらえたのではないだろうか。

 取材をすればするほど、器の大きさを感じる人だった。彼と関わりを持った人物それぞれの回顧談から浮かび上がる像は本当に多様で、刺激に満ちていた。そうしたエピソードを埋もれさせまいと、改めて映画史に刻み直す作業の連続だった。同時にそれは日本映画界を覆う暗雲の打破を願っていた若松イズムの再考だったともいえる。【鈴木隆】

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