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知られざる中・東欧

ルーマニア 「チャウシェスクの子供たち」の30年と政府の孤児対策

自らの人生と孤児の現状を語る元孤児のビルジル・バランさん(左)とビシネル・バランさん=ブカレストで、三木幸治撮影

 東欧に民主化革命の波が押し寄せた1989年、ルーマニアではチャウシェスク独裁政権が打倒された。欧米メディアが知られざる同国の現状を伝え始めた90年代、世界に衝撃を与えたのが、孤児の映像だった。一つの孤児院に大勢の孤児が詰め込まれ、子供は栄養不足からやせ細り、表情を失っていた。今年でルーマニア革命から30年。「チャウシェスクの子供たち」と呼ばれた彼らは、どのように暮らしてきたのか。元孤児の半生とルーマニアの孤児政策の現状を追った。

奇跡的に人生を立て直した元孤児の兄弟

 「決して私はあきらめない。美しい花のように輝き、将来は医者になるの」。首都ブカレストにあるNGO「捨てられた子供たちの声」の事務所には、孤児たちの目標や夢が所狭しと飾られていた。運営しているのはチャウシェスク政権時代に孤児となったビルジル・バランさん(41)、ビシネル・バランさん(31)兄弟だ。彼らは今もなお、差別や虐待に苦しむ孤児の人生を立て直す支援をしている。「ルーマニアは2007年に欧州連合(EU)に加盟し、孤児を育てる制度は整った。だが実態を見ると施設の職員も、国の対応も変わっていない」。ビシネルさんは吐き捨てるように言った。

 「チャウシェスクの子供たち」は共産主義の独裁政権によって生み出された。66年、チャウシェスク共産党第1書記(当時)は経済の発展には人口増加が必要だと考え、中絶を禁止した。80年代初め、石油危機などの影響でルーマニア経済は急激に悪化。国民は食事にさえ困る状況になった。だが、政権はかたくなに子供の数にこだわった。秘密警察は3カ月に1回、職場を訪れて女性の妊娠の有無を検査し、中絶した女性を逮捕。多くの女性は生活のため、子供を孤児院に預けた。89年、孤児は少なくとも約10万人に上っていた。

ルーマニア革命で孤児となり、孤児院で食事を取る子供たち=ブカレストで1989年12月31日、AP

 ビルジルさんがルーマニア東部の孤児院に入ったのは77年。生後2カ月だった。「孤児院は暴力で支配された刑務所のようなところだった」。ビルジルさんはそう振り返る。孤児院の子供は約1000人。職員は10人で、子供100人に1人の割合だった。職員はほとんど子供の面倒をみなかった。監視がないため、年長の子供は他の子供を暴力で従わせる。職員に被害を訴えるといじめが悪化するため、多くの子供は沈黙を強いられた。食事は栄養価が低い上、年長の子供に奪われることも多く、飢えとも闘った。「それでも孤児院以外に行く場所はなかった」

 89年の民主化後、職員の数は多少増えたものの、状況はほとんど変わらなかった。16歳の時、専門学校で鍵を修理する技術を身につけると、住居や職がないまま孤児院を追い出された。「親にも、孤児院にも捨てられた」。ビルジルさんは絶望した。

 ビルジルさんの弟、ビシネルさんは87年、同じく生後2カ月で孤児院に入った。暴力が支配する孤児院に耐えかね、9歳のころから同じ境遇の孤児とともに駅のベンチで寝泊まりするようになる。荷物を運んだり、車を洗ったりして小銭を稼いだ。だが、夜は恐怖の時間だった。性的暴行をしようとする大人に抵抗し、何人もの友人が殺された。「どうやって生きていけばいいのか」。毎日のように考えていた。

 2人はその後、奇跡的に人生を立て直す。ビルジルさんは孤児院近くの町に住む大学教授にたまたま引き取ってもらった。教授の支援で勉強に取り組み、大学に進学。「自分のような孤児のサポートをしたい」と、臨床心理士の資格を取った。

 ビシネルさんは孤児院に戻っていた11歳の夏、友人の仲介でビルジルさんと知り合い、自分に初めて兄弟がいることを知る。「社会とのつながりができた」瞬間だった。その後、里親をしている農家に預けられたが、そこでもアルコール中毒の里親から虐待を受けた。だが兄の人生に刺激を受け、成績のいい親友にも励まされて勉強に打ち込む。大学で法律と演劇を学び、そして大学院にも進学。現在は国会で孤児対策のアドバイザーを務める。彼らは今、元孤児の中で「英雄視」される存在だ。

施設で暮らす孤児の数は減ったけれど…

 ルーマニアが本格的な孤児対策に取り組んだのは90年代後半、EU加盟に向けて動き出してからだ。孤児対策は加盟の条件だった。政府は孤児に対する予算と権限を政府から自治体に移し、支援体制を強化。また大規模な孤児院から、職員の目が行き届く小規模施設や里親による養育への転換を図り、孤児教育の質向上を図った。

 現在、公的支援が必要な子供約5万人のうち、大規模な孤児院で暮らす子供は約7000人。そのほか、小規模施設に約7000人、里親や親族が育てる孤児は約3万6000人いる。政府は数年以内に全ての大規模孤児院を閉鎖する予定だ。政府の孤児対策は数字の上では改善しているように見える。だが現状を知るビシネルさんは「政府の改革は形だけだ」と憤る。

 複数のNGOによると、施設には共産主義時代から働く職員が残り、子供の心情を把握し、適切な教育をできないケースが目立つ。里親についても、国から支給される補助金目当てに貧しい人々が里親になるケースが多発している。里親を増やすため、里親の質や受け入れ家庭の状況を政府が精査していないためで、虐待が起こることもあるという。

 ビルジルさん、ビシネルさんのNGOは15年、全国の大規模または小規模施設に住む979人の孤児を対象にアンケートを行った。施設での生活について、5割の子供が「幸せとは言えない」と回答。3割以上の子供が「職員が誰も孤児の将来について考えていない」と答えた。5年後の自分については、2割が「見通しがない」と答え、具体的には「薬物をやったり、窃盗をしたりして生きていくしかない」などと回答したという。

 「政府は施設の孤児数を減らすことには熱心だが、彼らの教育や人生には無関心だ」。ビシネルさんはため息をつく。政府に孤児の統計はあるが、大人になった元孤児がどのように生きているのか、調べた資料はない。「多くは刑務所に入るか、ホームレスになっているはずだ」

 2人は今、自ら立ち上げたNGOを通じて孤児の「独立」を支援している。将来の目標や計画をどう立てればいいのか。どのように感情を抑え、勉強に集中すればいいのか。数十人の孤児を対象に、施設では知ることができない「生きていくための術」を教える。「彼らには普通の人と同様、自由に、幸せに生きる権利がある。そのことを知り、前向きに生きてほしい」。孤児の状況改善を目指す2人の闘いは、これからも続く。【三木幸治】

三木幸治

ウィーン支局特派員。1979年千葉県生まれ。2002年毎日新聞社入社。水戸支局、東京社会部、中部報道センター、外信部を経て16年春から現職。中・東欧諸国とウィーンの国連、核問題などを担当。Twitter:@KojiMIKI5

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