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悲劇繰り返さぬために

ハンセン病元患者の家族561人が国家賠償と謝罪を求めた訴訟の判決が言い渡される。国は元患者への救済策を進めてきたが、家族については救済の対象外としてきた。しかし、家族もまた差別や偏見の目にさらされてきた。ひた隠しにしてきた被害を法廷で明かした人たちの訴えは、司法に届くのか。

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悲劇繰り返さぬために

6・28ハンセン病家族訴訟判決/中 子や孫にも言えず 原告の大半、氏名伏せる

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亡くなった父の写真を見る男性(右)と弟。男性は「ハンセン病のことは家族内でも話さなかった。訴訟をきっかけに初めて弟も同じ苦しみを抱えていることを知った」と語る=徳島県内で2月、山本有紀撮影
亡くなった父の写真を見る男性(右)と弟。男性は「ハンセン病のことは家族内でも話さなかった。訴訟をきっかけに初めて弟も同じ苦しみを抱えていることを知った」と語る=徳島県内で2月、山本有紀撮影

 ハンセン病元患者だった父が亡くなった14年前、徳島県の男性(71)は「これで『らい』と縁が切れる」とほっとした。しかし、秘密を抱えて生きるつらさは、家族訴訟の原告となった今も変わらない。

 小学6年の時、父は香川県の小島にある国立療養所「大島青松園」に収容された。保健所は自宅が真っ白になるまで消毒した。うわさは数日で広まり、小学校で仲間外れにされた。2年後に別の地域に転居すると、母は男性と弟に命じた。「父は死んだと言いなさい」

 25歳で結婚し、3年して妻に父のことを打ち明けた。驚きながらも受け入れてくれ、家族で青松園に面会に行くようになった。園の渡し場を出る船に大きく手を振る父を見て「家族と一緒に住みたいんだな」と感じた。

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