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食事もトイレも一緒に 宗兄弟の背中追った谷口浩美さん 旭化成陸上部創部73年

宗兄弟との思い出を語る谷口さん

  宮崎県延岡市を拠点に活動する旭化成陸上部は、今年度で創部73年目を迎えた。3連覇中の全日本実業団対抗駅伝競走大会(ニューイヤー駅伝)では歴代最多の24回の優勝を誇り、五輪でも多くの代表選手を輩出。地域の声援を受け戦っている。なぜ「長距離王国」とも呼ばれる強豪を築くことができたのか。その秘密を探った。

     ――1991年世界陸上東京大会男子マラソン金メダリストで、現在は宮崎大で特別教授を務める谷口浩美さん(59)は宗兄弟の背中を追った一人だ。谷口さんは日南市出身。小林高(小林市)、日本体育大学を経て、1983年に旭化成陸上部に入部した。

     谷口さん 入部した時、宗兄弟は雲の上の存在。職場が猛さんと一緒だったが気軽に話しかけられなかった。それでも何とかして技術を盗もうと、宗兄弟をまねすることからスタートした。練習で40キロを走るのなら自分も走る、食べるものも一緒、トイレにもついていった。何かを成し遂げた人から盗むには全部をまねしないとわからないと思った。宗さんたちは県外での日本陸連の合宿で厳しい練習をして、延岡に帰ってきて軽めの練習をしていた。練習にも強弱が必要ということがわかり、自分の練習にも取り入れた。

     ――現役時代は雲の上の存在だった宗兄弟だが、88年に茂さんが監督に、猛さんが副監督になってからは、本格的に指導を受けるようになる。

     谷口さん マラソンは経験を積みたくてもすぐに何回も走ることはできない。なので多くの経験をされている2人からレースの流れや勝負どころについて話を聞いたことが財産になった。宗兄弟というマラソンの生き字引が身近にいたことで、どうしたら速く強くなるのかを考えられた。また、延岡は誘惑が少なく、練習に集中できる環境だった。自分で走るコースを探して、行ったこともない道を覚えて走った。

     ――谷口さんは良き指導者と環境に恵まれ、国内外の主要大会で好成績を収め、1991年9月、世界陸上東京大会マラソンで日本勢初となる金メダルに輝いた。

     谷口さんはレースの約1週間前、同大会女子マラソンで当時京セラの山下佐知子選手が銀メダルを獲得する様子を猛さんとテレビで見ていた際、猛さんが「男子は金しかないな」とつぶやいたことを覚えている。

     宗猛さん 谷口がずっと良い練習をしていたので、金が取れると考えていた。それで女子が銀だったから、これはやはり金だぞと。僕たちと谷口のイメージがぴたりと合ったレースだった。森下(広一選手、当時旭化成)がバルセロナ五輪で銀メダルを取った時も仕上がり具合から良ければ金、悪ければ銅だとイメージしていた。想定内だったので、終わってから「お疲れさん」とだけ声をかけたら、森下から「五輪の銀メダルですよ。『お疲れさん』だけですか」と言われてしまったが。でも常にレースを想定をしているのでそういうもの。逆に2時間15分だと思っていた選手が13分で来ると「おーっ」となる。選手が自分たちのイメージを超えた時はうれしい。

     ――後輩が先輩を追いかけ、良き伝統となる。宗茂監督、猛副監督体制の90~95年に全日本実業団対抗駅伝で6連覇、97~99年に3連覇を達成し、成熟期を迎える。

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