父は「炎のストッパー」 比較されること嫌った息子が作り上げた津田恒美記念館

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津田恒実さんの写真などの展示品を紹介する大毅さん=広島市南区で2019年6月7日、田中将隆撮影
津田恒実さんの写真などの展示品を紹介する大毅さん=広島市南区で2019年6月7日、田中将隆撮影

 プロ野球選手の父と比較されることが嫌だった青年が年齢を重ね、父の偉大さを伝える場所を作り上げた。気迫あふれる投球で「炎のストッパー」と呼ばれ、1993年に脳腫瘍のため32歳で亡くなった元広島の投手・津田恒実(旧名・恒美)さんの長男大毅さん(30)だ。

 先月末、広島市南区のマツダスタジアム近くにゆかりの品を集めた「津田恒美記念館」を開き、館長に就任。「展示を見て涙ぐむファンの姿を見ると、開いて良かった」と、感慨に浸っている。

 津田さんが亡くなった時、大毅さんは4歳。父との記憶は多くないが、「憧れから自然と野球をやるようになった」。津田さんが広島入団時の監督だった古葉竹識さん(83)が指導していた東京国際大に2年時に編入。話題先行の中で思うような結果を出せず、「父との実力の差が嫌で嫌で、もやもやした気持ちだった」という。

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