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東京へ ともに歩む

毎日新聞

楽天の堀弘人さん=東京都世田谷区で、内藤絵美撮影

東京・わたし

「ドリームチーム」に影響受けスポーツビジネスに 楽天・堀弘人さん

 スペインのサッカークラブ「FCバルセロナ」や米国プロバスケットボールの「ゴールデンステート・ウォリアーズ」などとのパートナーシップ契約を結ぶ楽天株式会社で、スポーツマーケティングの分野で中心的な役割を果たす堀弘人さん(39)。「オリンピックが人生にきっかけを与え、スポーツビジネスの世界に入った」と話します。【聞き手・本橋由紀】

    バルセロナ五輪男子バスケットボールにドリームチームで出場。優勝し喜ぶマジック・ジョンソン選手(奥)とチャールズ・バークレー選手=1992年8月

     ――スポーツがお好きだそうですね。

     ◆幼ない頃から剣道や水泳を習い、多くのことを学びました。その後、バスケットボールに興味を持ち、高校生の頃からずっと競技や観戦を楽しんでいます。転機になったのは1992年のバルセロナ五輪です。米国代表のバスケットボールチームの活躍が、自分の人生のスポーツのキャリアだけでなく、今のビジネスキャリアにもひもづく大きな転機になりました。今ではキックボクシングにはまり、週3回か4回のトレーニング。常に、何がしかのスポーツに囲まれてきた人生だと思います。

     ――バルセロナの米国代表はドリームチームでした。

     ◆マイケル・ジョーダン選手を筆頭に、スコッティ・ピッペン選手やチャールズ・バークリー選手、91年にHIV感染を公表したばかりのマジック・ジョンソン選手……。そうそうたるメンバーが名を連ねていました。本当の意味の「ドリームチーム」で世界中の視聴者を魅了した事実が、私に大きな影響を与えました。初めて、米国プロバスケットボール(NBA)の選手の出場が解禁になったメモリアルな大会である一方、報道的にはスポーツの商業利用だという論争を巻き起こした時でもあります。

     スポーツのひとつの醍醐味(だいごみ)は、観衆がいかに心をひとつに感情をたかぶらせながら見るかというところですが、NBAのスーパースターがひとつのチームでプレーした事実は、オリンピックが我々に見せてくれたまさに夢のような時間でした。我々の世代では、マイケル・ジョーダンの背番号9のユニホームを着たり、彼のシグネチャーシューズを履いたりすることがはやりました。私自身は、ジョーダン選手を脇で支え続けた背番号8のスコッティ・ピッペン選手が生涯を通じて好きなプレーヤーでもあるのですが、この時代の会話の中心はいつもジョーダン選手でしたね。

     ――当時、NBAは雲の上の存在でした。

     ◆今は日本人がNBAで活躍する時代にいよいよ突入し、メンフィス・グリズリーズで活躍しはじめた渡辺雄太選手や、NBAのドラフトで1巡目指名された八村塁選手がいますが、当時は日本にそういったプレーヤーはいなかった。日本人がNBAのトップチームでプレーする時代が来るとは予想もできませんでした、全く別次元の世界と誰しもが思っていました。今夏に行われるワールドカップや来年の東京五輪も期待されます。日本代表は、先ほどの2人のプレーヤーを中心に、また五輪の舞台で、我々に別の夢を見せてくれるのではと期待せずにはいられません。 

     ――バルセロナ五輪の開会式は覚えていますか?

     ◆開会式で一番覚えているのは、その直後の96年のアトランタ大会です。世界最強のチャンピオンだったモハメド・アリがパーキンソン病を発症して、手を震わせながら人前に出てきた衝撃。人間の生老病死の過程を歩んでいた彼が、あの場で行なったプレゼンテーションは、人間が不変ではないことのひとつの学びだという気もしていて、あのシーンは忘れることができません。

    スポーツを通して生まれる共通の価値観

    楽天の堀弘人さん=東京都世田谷区で、内藤絵美撮影

     ――ご自身もずっとスポーツを続けています。

     ◆スポーツは一番のコミュニケーションの手段です。先日NBAのエグゼクティブの方と一緒に、楽天がパートナーシップを組んでいる世界最大規模の障害物レース「スパルタンレース」に参加しました。そういうつらい経験を共有すると人間としての距離が縮まります。会議室でのビジネスの会話だけでは生まれない、共通の価値観が生まれます。ビジネスの場面で感情をむき出しにして人と相対するのは昨今、ご時世として非常に難しく、現代人は日々、感情をコントロールしながら日常生活を過ごしていますが、スポーツの場面においてはある程度、自然と喜怒哀楽の感情を発露します。そういう意味では、表層的ではない人間の本音や本心が見えることが、お互いの理解が生まれやすい理由かと思います。スポーツに関わる事は、現代社会を生き抜くひとつのすべでもあるかなという気もしています。誰しもが一生懸命仕事と向き合い、多少なりとも身体的な疲労や精神的なストレスを持つもので、それらとどう付き合うかは、現代社会の課題のひとつです。自分の中だけでため込まず、息を吸ったら必ず吐くように、吸収したら排出する循環、すなわちインプットとアウトプットのバランスを、スポーツと向き合いながら常に心掛けています。

     ――これまで、どのようなお仕事をしてきたのですか。

     ◆スポーツやバスケットボールに関わる仕事をしたくて、まず広告代理店勤務を経て、最初にドイツ系のアディダスに、その後にはアメリカ系のナイキに勤めました。私が勤めていた当時、アディダスはNBAのオフィシャルサプライヤーでした。ナイキに勤めていた2015年にはプロジェクトチームとして、マイケル・ジョーダン氏とお仕事する機会もいただきました。コート上で誰よりも輝いている彼の姿から影響を受けてきた世代なので、とても誇らしい気分でした。余談ですが、1990年代の活躍を知らない現代の子どもたちはマイケル・ジョーダンは「靴」のブランドだと思っているそうなんですよ。

     2018年からは楽天に勤め、バスケットボールをもっと盛り上げたいと日々精進しています。楽天はNBAともパートナーシップ契約を結んでおり、今年10月に「トロント・ラプターズ」と「ヒューストン・ロケッツ」というNBAの強豪2チームの試合を日本で開催するので、それを起爆材にバスケットボールに興味を持ったり、観戦したり、競技人口が増えていけばいいですし、それが来年の五輪熱へとつながっていくことが一番素晴らしい道筋かなと思っています。

     ――サッカーにも力を入れていらっしゃいます。

     ◆サッカーは、日本においては野球と並んで非常に大きなコンテンツです。「ヴィッセル神戸」のVIPといわれるビジャ、イニエスタ、それからポドルスキ各選手。それに「FCバルセロナ」の現役プレーヤー、24歳のサンペール選手を招へいし、「ヴィッセル神戸」はJリーグの中で新しい価値観を表現し始めています。楽天の大きな命題は新たな刺激を社会に与え、構造改革をもたらすことです。VIPトリオの招へいもクラブだけでなく、Jリーグ全体、ないしは日本サッカー界、アジアのサッカー界全体への大きな影響力を考慮しての選択でもあると言えます。バスケットボールを通じた北米市場へのアプローチ、サッカー(FCバルセロナ)においてはスペインを中心とした欧州へのメッセージ発信。このふたつのスポーツの影響力を通じて世界に対してのブランディングをスタートしています。

     ――スポーツが夢を作るイメージでしょうか?

     ◆夢と言うと漠としますが、まずは明確なビジョンを設定し、ビジョンを体現するロールモデルを決めます。私がバルセロナ・オリンピックでドリームチームから与えられたインスピレーションと同じものをやっぱり我々が社会に対して提供したいという熱い思いがあります。

     イニエスタ選手はサッカーファンなら誰しも憧れる存在ですが、彼が日本に来た昨年5月に、我々が独自に調査したところ、認知率は約3割くらいでした。今は7割を超えています。イニエスタ選手自身の世界的な価値を日本の次世代に伝達したい。彼は母国では「スペインの至宝」と言われるトッププレーヤーです。10年のFIFAワールドカップでは、決勝戦で得点を決めて、母国を優勝に導き、その事実から彼を嫌うスペイン国民はいないそうです。プレーヤーとしても超一流ですし、人格者としても有名。プロ選手として、彼はレッドカードをもらったことがないと言うストーリーもそれを裏付けています。それがゆえに、スペインの教育文脈では「イニエスタのようになりなさい」と親が子どもに伝えるそうです。彼をロールモデルに、日本や世界の聴衆に彼の哲学やビジョンを伝えていく使命を我々は持っています。イニエスタ選手はよく「日本人は写真やサインを求めることにちゅうちょするけど、その間に私は歩き去ってしまうから、ちゅうちょしないですぐに声を掛けて」と言います。「写真を撮ってもいいですか?」と問われれば、「いいよ、もちろん。」と全てがウエルカム。世界的な名声を得てもなお、ファンを思い、非常におおらかで、控えめで謙虚な姿勢には学ぶところが多いです。

    日本のスポーツ界全体の課題はブランディング

    インタビューを受ける楽天の堀弘人さん=東京都世田谷区で、内藤絵美撮影

     ――東京2020大会で期待されることはなんでしょう?

     ◆やはり、かつての競技者としても、ひとりのファンとしてもバスケットボールに期待したいです。また、世界の舞台で明確な実績が残せていないカテゴリーで、新しい歴史が刻まれる瞬間を目の前で見てみたいと思っています。それとやはり注目は新競技ですね。今回から、新しく採用された競技、サーフィンやスケートボード、特に固有のカルチャーを持っているスポーツがオリンピックのフィルターを通して表現されたときに何が起こるのかは非常に気になります。サーフィンの五十嵐カノア選手には個人的に大きな期待を寄せています。

     ――社会的にはどうでしょう?

     ◆五輪後をどうするか。大きなスポーツイベントの余熱をどのように永続的なものに転換するのかは五輪が持つ大きな課題です。国際的なビジネス環境でスポーツマーケティングのキャリアを積んできて感じるのは、海外と日本とのスポーツと生活者の距離の違いです。個人的に非常に面白かった出来事では、米国への出張でロサンゼルス国際空港に着いた時、たまたまプロフットボール(NFL)のチーム、「シアトル・シーホークス」のキャップをかぶっていたら入国管理官に「あなたは入国できないよ。ここはロサンゼルスだからシアトルの人は入れない」と言われたことがあったんです。入国手続きのさなかに、こういったジョークを政府職員が言うんだと。日本ではあり得ないですよね。それぐらいスポーツが生活の一部でもあり、深い感情の一部でもあるということを海外ではたくさん経験しました。

     また、五輪後に期待したいのは、スポーツを「する」方向に、いわゆるスポーツ競技人口の増加にもっともっと転換をしていきたいです。最近のスポーツ庁の調査資料では、ベーシックスポーツとも言えるウオーキングやジョギングも参加人口が減りつつある。社会全体でスポーツを自分ごと化するには「する」という行為が必要だと思います。自分の好きなものを一つ見つけて、行動に起こしていくのは、五輪後の熱の定着にひとつ重要なファクターかなと思います。

     ――逆に、懸念はありますか?

     ◆個人的には、日本のナショナリティーを世界に向けてどのように表現していくのかは課題だと思っています。私がキャリアを通じて行ってきたブランディングという言葉に置き換えられるかもしれません。さまざまな競技の日本代表が存在しますが、体操競技は白と赤を基調としたユニフォーム、サッカーは青いユニホームを着ています。どうして国としての一貫性やアイデンティティーの統一を図らないのだろうかと、いつも疑問に思うと同時にブランディング上の課題だと思っています。例えば、米国代表は陸上もバスケットボールも、水泳も視覚的な見え方は最低限統一されています。星条旗のカラー、赤・白・紺です。全てがここに集約されて国としての一貫性が表現されている。そういう視覚的な一貫性を持つことはブランド発信の観点において非常に強いと思うんです。オランダはオレンジ、ブラジルは黄色と緑とイメージするところの表現については日本のスポーツ界全体の課題だと思います。これから日本のブランドを、どうように創っていくのか、表現するのか、どんな事を伝えるのか。そして、次世代に対して日本の文化をスポーツの中においてどのように伝承していくのかは興味深い課題であると言えますし、自分が将来何か貢献ができるフィールドなのではないかと考えています。

    ほり・ひろと

     楽天株式会社グローバルスポンサーシップオフィス・ヴァイスオフィスマネージャー。1979年生まれ、埼玉県生まれ。米系広告代理店を経て、ナイキ、アディダスなどスポーツ業界のリーディングブランドでマーケッターとしての地位を築く。2018年に楽天に入社。グローバル規模で多角化するスポーツマーケティングの分野でリーダシップを発揮している。

    本橋由紀

    毎日新聞オリンピック・パラリンピック室委員/東京編集編成局編集委員。1963年東京都生まれ。1987年入社。東京社会部、英文編集長、夕刊編集部デスクなどを経て2011年に福島支局長、13年地方部長など。18年7月から現職。高校時代は水泳部、早稲田大学ではラグビー蹴球部副務を務めた。17年のつくばマラソンを3時間43分59秒で走り、ベストを更新した。