タンカー攻撃で米、イラン真っ向対立 首相訪問中、政府は困惑

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米駆逐艦上で治療を受ける「KOKUKA COURAGEOUS」の船員ら(右側)=13日、米軍提供・AP 拡大
米駆逐艦上で治療を受ける「KOKUKA COURAGEOUS」の船員ら(右側)=13日、米軍提供・AP

 中東のホルムズ海峡付近で船舶2隻が攻撃を受けた事件は、関係者の説明から発生当時の様子が徐々に明らかになってきた。ただ、事件の責任をめぐり米国とイランの主張は真っ向から対立し、真相究明には時間がかかりそうだ。

船員証言「飛来物見た」

 攻撃を受けたケミカルタンカー「KOKUKA(コクカ) COURAGEOUS(カレイジャス)」。運航していた東京都千代田区の海運会社「国華(こくか)産業」は14日、攻撃について「飛来物を見た」と証言した船員がいると明かした。

 同社によると、攻撃は2度あった。最初は日本時間13日正午ごろ、砲弾のようなものが右舷後部に着弾。外板を貫いて機関室に到達した。艦橋では船員が後方も含めて監視していたというが、不審船の接近などの事前情報は把握されていなかったという。衝撃による火花が発電機の燃料に着火したとみられ、機関室内で火災が発生した。

 乗船していたのはフィリピン人21人。互いの無事を確認した後、備え付けられた消火設備を動かして火を消し止め、船の損傷状況などを調べていた。

 約3時間後、2度目の攻撃があった。砲弾のようなものが右舷中央部の外板を貫通。同社が確認した映像では、円形の穴が外板に開いていた。艦橋にいた船員は何かが飛来する様子を目撃したが、何者が撃ったかは不明という。

 2度の攻撃はいずれも1発ずつとみられる。水面より上に着弾したことから、同社は魚雷や機雷ではないとみている。米軍は、不発だった機雷をイラン側が取り外しているとする映像を公開した。だが機雷が取り付けられていた可能性について同社の堅田豊社長は「運航する船体に機雷を取り付けるのは普通に考えると難しい」と疑問視した。

 船員は2度目の攻撃後に全員救命艇で脱出したが、オランダ船や米海軍の支援を受け、14日午前までに元のタンカーに戻った。1人が軽傷を負ったが回復している。エンジンが損傷したため予備電源を使って航海計器の動作確認などをしており、居住区も利用できる状況という。

 タンカーは現在、米海軍の護衛を受けながらタグボートにえい航されてアラブ首長国連邦(UAE)の都市コールファッカン方面に向けて航行中。入港できれば積み荷のメタノールを別の船に積み替えて修復に入る予定だ。現時点では沈没の恐れはないという。同社は船舶管理会社を通じて船員からも事情を聴く方針だ。

 堅田社長はタンカーに日章旗などは付けられていなかったとし、「よほど精査しないと日本(の会社が運航する船)だと分からない。日本だから狙われたとは考えていない」と話した。

 軍事評論家の前田哲男さんは「水面より上であれば、ロケット砲かミサイルが考えられるが、ミサイルは破壊力が大きい。今回はロケット砲のようなものをボートに積んで発射したのでは」と分析。また攻撃については「大きいタンカーを少人数の乗組員が交代しながら運航するので、水面を見張ることは通常できない」と指摘した。

 末近浩太・立命館大教授(中東地域研究)は「イランと米国の関係をさらに悪化させ、武力衝突させようという狙いの攻撃であることは確実だが、状況には矛盾も多く予断を許さない。今回の日本の訪問を狙った可能性はあるが、最近はホルムズ海峡で散発的にトラブルがあったので、冷静な見方が必要だと思う」と話した。【斎藤文太郎、竹内麻子】

イエメン内戦が影響

 米政府が「イランに責任がある」(ポンペオ国務長官)との判断に至った理由として①情報機関が集めた情報②使用された兵器③攻撃に必要な専門技術④イランには過去にも似たような攻撃例があること⑤財政的にも能力的にもこの地域でイランの支援なしで高度な攻撃を遂行できる組織がないこと――の五つを挙げた。証拠は示していない。

 米中央軍が公開した映像には、国華産業運航のタンカーにイランの革命防衛隊の小型船が横付けし、不発だった「リムペット・マイン」(磁石などで船体に吸着させる爆弾)を外そうとしている――とする様子が映っている。ただ、映像は白黒で鮮明ではなく、何をしているかは判然としない。米紙ニューヨーク・タイムズによると、米海軍のP8哨戒機が上空から撮影したものという。

 トランプ大統領は14日、米FOXニュースに電話で出演し、「イランがやった。小型船(の映像)を見れば分かるだろ」と語った。さらにリムペット・マインを取り除いたとの説明に関し、「証拠を残したくなかったのだ。やったのは彼らだ」と強調した。

 政権内では、対イラン強硬派のポンペオ氏とボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が圧力路線の先頭に立つ。対話に前向きだったトランプ氏もイランとの取引を「時期尚早」と表明し、緊張緩和に向けた道筋は一切見えなくなった。議会からは「イラクが大量破壊兵器を持つ」という不正確な情報で開戦に踏み切ったイラク戦争と比較し懸念する声も出ている。

 事件の背景に2015年から本格化したイエメン内戦の影響が挙げられる。既にホルムズ海峡や紅海といった中東の海域は親イラン側と、米国と同盟関係にあるサウジアラビア側勢力が争う「前線」と化しており、日本の船舶に限らず常に攻撃される危険はあった。

 だが事件には不可解な点も多い。

 イランのザリフ外相は自国の関与を否定する根拠として「安倍晋三首相と(最高指導者)ハメネイ師による友好的な会談の最中に起きた」ことを挙げ、「不審」な出来事と指摘する。米軍は「イラン革命防衛隊の小型船の活動」をイランが関与した根拠の一つとしている。だが、米軍の主張通りであれば、ハメネイ師直属の軍事組織である革命防衛隊が、その最高指導者が「緊張緩和」を模索する首脳会談に臨んでいる日に、あえて水を差す行為に出た――ということになる。

 イランのメヘル通信は「緊張激化で誰が利益を得るのか」との視点の記事を配信。緊張状態が続けばサウジが米国製武器を大量に購入し続けると指摘し、武器を売りたい米国などの関与を示唆した。

 このほか、イエメンの親イラン武装組織フーシや、イラン政府と対立するイスラム過激派などによる攻撃も指摘されるが、背後関係は不明だ。【ワシントン古本陽荘、カイロ篠田航一】

イラン訪問中、政府困惑

 日本政府は事態の変化に困惑している。安倍晋三首相は14日夜、トランプ米大統領と約30分間電話で協議し、自身のイラン訪問と、タンカー攻撃について意見交換した。首相は協議で「いかなる者が攻撃したにせよ、船舶を危険にさらす行動を断固非難する」と述べた。ただ、日本政府は米国とは一線を画し、攻撃者をなお断定していない。河野太郎外相も記者会見で「情報収集している。現実に何が起きたか、どう対応していくかを見極めたい」と述べるにとどめた。

 仮に米国の主張通りイランによる攻撃であれば、中東の緊張緩和を促そうとした首相のイラン訪問の意義が揺らぎかねない。攻撃は首相のイラン訪問中に起きており、首相の面目も潰れる事態となる。政府は慎重に分析を続ける構えだ。

 首相は電話協議でトランプ氏に対し、イランでロウハニ大統領、ハメネイ師と12~13日に会談し、米国との対話を促したことも説明した。トランプ氏は「働きかけに感謝する」と応じたという。

 首相は会談後、記者団に「緊張緩和に向けた道のりには大変な困難が伴うが、地域の平和と安定のために国際社会と緊密に連携したい。日本としてできうる限りの役割、努力を重ねたい」と強調した。

 外務省幹部は「タンカー襲撃のような事態があるから首相が訪問した。イラン側も高く評価しており、有意義だった」と強調する。ただ、仮にイランによる攻撃として米国に同調すれば、事件への関与を否定しているイランとの友好関係は揺らぎ、「仲介外交」を続けるのが難しくなる。

 政府内には「最悪のタイミングでの事件だった」との戸惑いが広がる。野党からは「訪問は失敗だったのではないか」との声も漏れる。共産党の笠井亮政策委員長は記者会見で「日本が核合意を守れと言うべき相手は(イランでなく)、一方的に離脱した米国だ。トランプ大統領の肩を持っても、仲介にならない」と指摘した。【小山由宇】

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