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余録

その昔、東北の山中に熊を追ったマタギ(猟師)は…

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 その昔、東北の山中に熊を追ったマタギ(猟師)は一旦山に入ると里で暮らす時とはまるで違う言葉を使った。地域ごとに異なるこの「山言葉」だが、たとえば熊は広く「イタチ」「イタズ」と呼ばれていた▲逆に「クマ」といえば鍋を表す地方があった。熊を小動物の名で呼ぶのは狩りやすくする呪術的心理からか。驚くのは、山言葉は山に入る仲間以外には家族にも秘密で、山中に入って里の言葉を使うと厳しい制裁が科せられたという▲山中は山の神の支配する聖なる異界で、獲物という恵みを与えてくれもすれば、猟師を死に追いやることもある。山入り前は精進潔斎(しょうじんけっさい)をし、山入り中はけんかや大声の会話も慎むのがおきてだった(楳垣実(うめがき・みのる)著「日本の忌みことば」)▲昨年1年間の山岳遭難者は全国で3129人、統計の残る1961年以降最多を更新したという。この数、10年前の1・6倍、目を引くのは年代別で最も多いのが70歳代だったことだ。また外国人の遭難者もこの5年で5倍に増えた▲死者・行方不明342人の内訳も70歳代、60歳代が各100人以上を占め、単独行動での事故が目立つという。十分な装備、余裕のある登山計画は誰にも必要だが、とくに高齢者は自らの体力を過信せずにグループ登山をすべきだろう▲山岳という「異界」ならではの非日常体験を求める山登りである。どうか昔の人が山の神に抱いたおそれ、山入りに課した厳しいおきてを思い起こし、この夏山でも聖なる絶景を安全に楽しんでいただきたい。

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