菅谷・橿考研前所長死去

中国研究者に人脈広く 惜しむ声続々 /奈良

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 県立橿原考古学研究所所長を10年間務め、先月末で退任した前所長、菅谷文則さんが18日、76歳で亡くなった。県内の発掘調査や中国でのシルクロード関係遺跡での調査経験も豊富で、中国の研究者との人脈も広かった。親交のあった人たちからは惜しむ声が聞かれた。

 菅谷さんは1968年に県教委に技師として採用され、79年から2年間、県からの第1号生として北京大へ留学した。以来、中国の研究者との交流が続き、橿考研と中国の研究機関による銅鏡などの共同研究にもつながった。橿考研特別指導研究員で奈良芸術短大教授の前園実知雄さん(72)は「惜しい人を亡くした。中国との交流の突破口を開いた」と…

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