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戦世そして 沖縄戦74年

基地あるゆえのリスク今も シュワブに眠る哀しみ 伝え続けるウチナーンチュたち

テントやかやぶきの小屋が建ち並ぶ大浦崎収容所=1945年7月撮影(沖縄県公文書館所蔵)

 政府による米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設工事が進む名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ。名護市で暮らす山城利正さん(79)は隊舎が並ぶフェンスの先を見つめ、「風景が変わってしまった」とつぶやいた。山城さんは太平洋戦争末期の沖縄戦で米軍の捕虜になり、今では基地となった地にあった大浦崎収容所で一時期を過ごした。

 収容所は旧日本軍の組織的戦闘が終わった1945年6月下旬から約4カ月間設置された。沖縄本島北部の今帰仁(なきじん)村と本部(もとぶ)町、離島の伊江(いえ)島の住民計2万人以上が町村別に分けられて強制収容され、山肌にテントやかやぶきの粗末な小屋を建てて暮らした。

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