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クトゥーゾフの窓から

日露の架け橋(6) シベリアで踊る日本人バレリーナたち

ブリャート歌劇場で5月に開かれたコンクールで、演目「ドン・キホーテ」の一場面を踊る土居愛子さん=ロシアのウランウデで2019年5月3日、大前仁撮影

 正確な数は把握されていないが、かなりの数の日本人バレエダンサーがロシア国内で踊っている。各地の劇場にバレエ団が設けられて、外国人ダンサーの受け皿となっているからだ。6月上旬で退任した岩田守弘さん(48)が芸術監督を務めていたブリャート共和国立歌劇場(東シベリアの都市ウランウデ)でも、9人の日本人が踊っている。この劇場で5月に開かれたコンクールで活躍した女性ダンサー2人の姿と生き方を追ってみた。

 古典バレエの人気作品「ドン・キホーテ」は、スペインを舞台にしているから、登場人物の一人がフラメンコを踊る場面がある。今回のコンクールでも赤と黒の衣装をまとった日本人のバレリーナが登場し、満面の笑みを浮かべながら踊りを披露した。

コンクールで入賞し喜ぶ土居愛子さん(左)=ロシアのウランウデで2019年5月5日、大前仁撮影

日本の大学を卒業後、ロシアの舞台に――土居さん

 情熱的に舞っていた土居愛子さん(25)は少し変わった経歴を持つ。多くのダンサーはバレエ学校や高校を卒業し、18歳前後で舞台に立つ。ところが土居さんは日本の大学を卒業してからロシアに渡航し、昨年からブリャート歌劇場で正規のダンサーとして採用された。遅咲きの踊り手といえる。

 5歳からバレエを習い始めたのだから、スタートが遅かったわけではない。それでも日本の学校教育を重視する「両親の言うことを聞いて」勉学にも力を入れた。高校時代にはロシアのバレエ学校に入学する許可を得ていたが、まずは日本の大学に入学した。ようやく大学1年の秋に休学し、ロシアのバレエ学校に留学するという慎重ぶりだった。

 今のバレエ界では現代バレエが幅をきかせてきている。それでも欧州の国々に比べると、ロシアは古典バレエの公演に重きを置く劇場が少なくない。土居さんはもともとロシア・バレエが好きだったし、古典バレエの作品を踊りたいとの気持ちも渡航を後押しした。

気持ちを前面に出し、あでやかに舞台を舞う

 私はロシアで踊る日本人ダンサーの生きざまに焦点を当てた取材を続けてきたが、バレエの技術には詳しくない。それでも他の日本人ダンサーと比べると、土居さんの踊りは少し変わっているなと思った。多くの日本人は踊りの技術が優れているし、まじめに踊っていることが伝わってくる。一方で土居さんは気持ちを前面に出して、あでやかにフラメンコを踊る姿が印象的だった。

 後で他の日本人ダンサーにこの感想を打ち明けると、「愛子ちゃんは踊りの技術もしっかりしているから、ああいう踊りをしても大丈夫なのです」と話していた。

 もう一つ印象に残ったのは、土居さんの発言だった。「日本はバレエを踊りたい人が踊っているところだが、ロシアは踊るべき人が踊っているところなのです」。直後にはその意味が分からなかったが、彼女の説明を聞くと納得できた。

 土居さんが1年近く留学した名門「ワガノワ・バレエ学校」(ロシア北西部サンクトペテルブルク)では、入学を希望する生徒の体つきだけではなく、遺伝子まで調べて適性を見ている。まさに「選ばれた者」たちが集まる学校だった。このようなロシア人と比べると、土居さんは自身について「やりたい気持ちだけでここまで来てしまった」と話す。

 それでも正式な団員になり、劇場に通い、レッスンに励み、舞台に立つ日々を満喫している。ふと我に返ると「この時間は永遠ではないのだろう」という思いにも襲われる。

 コンクールでは女性デュエットの部で2位に輝き、喜びをあらわにしていた。土居さんにとっては、今という時間が永遠ではなくても、力いっぱいに日々を生きていけば、より長い時間になっていくのだろう。

コンクールで2位に入り、祝福される山田陽加さん(右)=ロシアのウランウデで2019年5月5日、大前仁撮影

岩田さんに見いだされ無縁だったロシアへ――山田さん

 同じ日本人ダンサーでも山田陽加さん(24)は対照的だ。この劇場で踊る多くの日本人ダンサーは「どうしてもロシアの舞台に立ちたかった」との思いを抱いていたが、山田さんは「どこの国でもチャンスがあれば踊りたかった」と打ち明ける。

 経歴を聞くと、確かにロシア・バレエとは無縁だった。フランスのバレエ学校で学び、その後はニューヨークに渡り、現地のカンパニーで踊っていたが、わずか1年で解散の憂き目に遭い、日本に戻った。

 その時に日本で出場したコンクールで出会ったのが、審査員を務めた岩田さんだった。「君たちを選んだのは(素晴らしい)見た目があるからだよ。バレエは芸術なのだから」。岩田さんにこう褒められると、ロシア行きを迷わなかった。

 1年の研修生時代を経て、山田さんは昨年、正規の団員に昇格した。しかし現状には満足していないようだ。自身の踊りについては「(感情を表現できず)ロボットみたいな踊りをして……。もっと(思い切り)やっていいのに」と反省の弁ばかり。

 岩田さんとの関係についても「こちらに来てからは、あまり接していないのです。分かってもらえなくてもいい。いつかは、あっと言わせたい」と打ち明ける。ロシアでの生活が長くないから、ロシア語の話になると「どうしても無理です。私には無理」と繰り返す。普段は英語を使い、意思疎通を図ることが多いという。

 今回のコンクールでは土居さんと並んで、山田さんは女性デュエットの部で2位に入賞した。それでも踊りを終えた後は、自戒の言葉が止まらなかった。「全然駄目でした。あんまりにも出来が悪いから、先生から何も言ってもらえないし……」

 山田さんは投げやりなのではない。真剣にバレエに向き合っているからこそ、自分の欠点ばかりが見えてしまうようだ。だから時には「自分は踊れる子や」と自己暗示をかけたり、「全部の振り付けを覚えてやる」と意気込んだりしているという。

コンクールの演技でポーズを決める山田陽加さん=ロシアのウランウデで2019年5月4日、大前仁撮影

岩田さんが去った後に残る日本人ダンサーたち

 ブリャート歌劇場では、7年間指揮を執った岩田さんが6月上旬に退団した。更に今シーズン限りで、何人かの日本人ダンサーが去っていく。9月から始まる次のシーズンでは、残された日本人ダンサーを取り巻く環境は大きく変わっていくはずだ。

 「これからまた新しい環境になることに少し不安もありますが、岩田さんのお陰で活気を取り戻したというダンサーたちと一緒に頑張っていきたいと思います」。山田さんから私に送られてきたメールには、前向きな気持ちが記されていた。土居さんも来シーズンもこの地に残り、踊るための査証(ビザ)の準備などを進めているという。

 彼らを呼び寄せた岩田さん自身はどう思っているのだろうか。「日本人の子たちは本当に一生懸命です。ちょっとばかりのけがならば、レッスンに出てくるし、舞台を休むこともない」と評価する。「彼らは技術もしっかりしているから、もう僕がいなくても大丈夫でしょう」と後輩へ贈る言葉も口にした。岩田さんは一足早く劇場を去ったが、ブリャート歌劇場のシーズンは7月上旬まで続いていく。【大前仁】

大前仁

モスクワ支局記者 1969年生まれ。1996年から6年半、日経アメリカ社でワシントン支局に勤務。毎日新聞社では2008年から13年まで1回目のモスクワ支局に勤務。

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