「ひどい差別で絆を裂かれた」 原告の一人、父を思い ハンセン病家族訴訟

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ハンセン病訴訟に関する過去の新聞記事に目を通す赤塚興一さん。「ハンセン病元患者の家族でも胸を張って歩けるような判決を期待したい」と語る=鹿児島県奄美市名瀬浦上町で2019年6月13日午後2時16分、清水晃平撮影
ハンセン病訴訟に関する過去の新聞記事に目を通す赤塚興一さん。「ハンセン病元患者の家族でも胸を張って歩けるような判決を期待したい」と語る=鹿児島県奄美市名瀬浦上町で2019年6月13日午後2時16分、清水晃平撮影

 約90年に及んだハンセン病隔離政策により元患者の家族も深刻な差別を受けているとして、元患者家族561人が1人当たり550万円の損害賠償と謝罪を国に求めた集団訴訟の判決が28日、熊本地裁で言い渡される。

 「国の誤った政策のために家族もひどい差別を受け、絆を裂かれた。それを分かってほしい」。実名を名乗る数少ない原告の一人、赤塚興一さん(81)=鹿児島県奄美市=は語る。

 父新蔵さんは赤塚さんが3歳だった1941年ごろ、農業技師として赴いていた現在のミクロネシア連邦ポンペイ島で発病した。勤め先を解雇され、一家は追われるように新蔵さんの郷里の奄美大島に移住。47年、奄美市の国立ハンセン病療養所「奄美和光園」に入所させられた父は90年に83歳で亡くなるまで終生、園で暮らした。

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