大阪・飯盛城跡に450年以上前の石垣 先駆けとされる信長より3年早く

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曲輪を取り巻く石垣=大阪府大東市の飯盛城跡で(大東市教委提供)
曲輪を取り巻く石垣=大阪府大東市の飯盛城跡で(大東市教委提供)

 織田信長に先駆けて畿内を制した戦国大名、三好長慶(ながよし)(1522~64)が居城とした飯盛(いいもり)城(大阪府大東市、四條畷市)の跡で、1560年ごろに建設された50カ所の石垣が見つかり、大東市教委が25日発表した。市教委は「城全体に石垣を導入しようとしていたことが確認できた」としている。

 城郭史では、城全体に石垣を施し始めたのは信長とされてきたが、飯盛城の石垣は信長が最初に石垣を導入した小牧山城(1563年築城、愛知県)より3年早い。専門家は、長慶が先駆けだった可能性を指摘している。

 飯盛城は大阪平野の東端にある飯盛山(314メートル)に築かれた戦国時代の山城。山頂と尾根筋の東西400メートル、南北700メートルにわたって102カ所の曲輪(くるわ)や土塁、堀切などが残る。有力大名の細川氏や足利将軍家を追放し、中央の実権を握った長慶が、1560年から亡くなるまでの4年間、居城とした。

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