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東京へ ともに歩む

毎日新聞

インタビューに答える元競泳日本代表の伊藤華英さん=東京都新宿区で2019年5月27日、吉田航太撮影

東京・わたし

元競泳日本代表・伊藤華英さん「スポーツの可能性を広めていきたい」

 2008年の北京大会と12年のロンドン大会に出場した元競泳女子日本代表で、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会広報部戦略広報課担当係長として、PRを担当する伊藤華英さん(34)に、ご自身の経験、今後への期待などを聞きました。【聞き手・本橋由紀】

    「夢の教室」で子どもたちとゲームを楽しむ伊藤さん(右から2人目)=埼玉県新座市野寺の市立八石小で2019年1月16日、橋本政明撮影

     ――オリンピックには2回出場されましたね。

     ◆オリンピックに出た時は、ほとんどアクアティックセンターにいましたが、メインスタジアムにも少し行かせていただきました。人がいっぱいいました。それまで知らなかった国の旗や、自分が関わったことのない国の方、いろいろな人種の方たちがたくさんいて、これがオリンピックなんだと思いました。普通の空気じゃない。

     ――普通ではない空気ですか。

     ◆日本にいるのと違い、オリンピックではいろいろな国から来たさまざまな人がいて、話す言葉も違う。新鮮な気持ちになりました。世界選手権などで海外にも何度も行きましたが、ぐっと同じ場所に集まると凝縮されます。アメリカのプロバスケットボールNBAの選手を見て「すごい」と思いましたが、反対に、予選の1組目で泳いでそれが栄誉になる国の選手もいて、いろんな立場、モチベーションで来ていると実感しました。私たちはメダルやベストタイム、結果を狙っていますけれど、国をアピールする気持ちがすごく強い選手がいるのを感じました。

     ――そもそもオリンピックを目指したのは?

     ◆生後6カ月からベビースイミングに行って、いつ泳げたのかも覚えていません。「オリンピックに行こう」と周りから言われていましたが、小学校5、6年生の時には一度、水泳をやめました。高校(東京成徳大学高校)1年の時に寮で生活をして、まわりもレベルが高く、オリンピックに行くというのが普通だったので、初めて、「オリンピックに出なければいけない」という夢というか目の前にある目標になりました。でも、19歳の時に目指した(アテネ)オリンピックに行けなかった。その時に、少し遅いですが本当にオリンピックに行きたいと思いました。

     ――小さい頃にご覧になったオリンピックは。

     ◆一番覚えているのは、1992年のバルセロナ大会の200メートル平泳ぎで金メダルを取った岩崎恭子さんです。96年のアトランタ大会の千葉すずさんのことも覚えています。緑のジャージーのことも。次の2000年には日本選手権に出ていて、一緒に練習している先輩たちがオリンピックに出ていました。岩崎さんの「今まで生きてきたなかで一番幸せです」という今も受け継がれているあの発言をライブで見ましたし、親が「14歳だよ、当たり前だよ」って言っていたのも覚えています。屋外プールの時代で、当時200メートル背泳ぎの世界記録を持っていたK・エゲルセギ(ハンガリー)という選手が好きでした。そのときにオリンピックの舞台に立つとは全く思っていませんでした。でも、5、6歳で選手コースに入っていたので、親も見せたのかもしれません。

    競泳女子200メートル自由形の準決勝で泳ぐ伊藤さん=ロンドンの水泳センターで2012年7月30日、西本勝撮影

     ――オリンピックの普及というお仕事からお考えのことは。

     ◆大会後に子どもたちに教育をベースにもっとスポーツの可能性を広めていきたいと思っています。オリンピックの精神と通じますが、いろんな人にちょっとずつ地道に広めていきたい。大学でも教えていますが、スポーツに全然興味のない学生にも、スポーツを通じて人として成長できることを伝えられたらなと思います。スポーツって、身体を動かして元気になるというイメージですよね。でも、社会的な役割もあると思うのです。コミュニケーションを取れたり、いろんな人と出会えたりします。自分の価値観とは違う価値観の人ともスポーツの場だからこそ出会えることがあります。「人生100年」と言われる時代、スポーツの現場をコミュニティの場所にして、寂しい人を増やさないでいけたらなと思います。スポーツには、ちょっとがんばるだけでほかのことを忘れられるような役割もあります。仕事と家庭のみではなく、利益を生まない関係、ビジネスじゃない関係をみんなが持つ時代になるでしょうから、それもスポーツの役割になると思います。

     ――それをビジネスでも生かすと。

     ◆合理的なことが重んじられ無駄なことを省くと言うけれど、無駄なことは大事です。東京大会がそういうことに気づく大会だったらいいと思います。盛り上がって、メダリストがいっぱい出て、楽しかったね~で終わるのではなくて。ピラミッドの最高峰の大会ですから、選手自身も人々にどれだけ影響を与えられるかという気持ちをもって発信していく時代だと考えています。

     ――もう少しこういうところを変えたらどうかというものはありますか。

     ◆スポーツを嫌いにならない仕組みを作りたいです。小学校の時に運動が嫌いだと、体育嫌いになり、スポーツ嫌いになる。私も走るのが苦手で、プールの時以外、体育は嫌でした。でも、スポーツって楽しいというイメージが広まったらいい。スポーツの価値をあげたいです。産業レベルでも可能性はあります。「スポーツは稼ぐものじゃない」と言う方もいますが、それでは生きていけません。やっぱり目標になるように、スポーツで稼げるようになるといいです。そうすればスポーツのイメージが変わります。もちろんオリンピック選手は自ら稼ぐために、しっかり文武両道に励むことが必要です。自分の価値を自分で高める、人間力を選手自身が高めるべきですし、意見も持つべきです。アスリートは「一流は文句を言わない」などと言われますが、アスリートの課題は社会の課題と同じような気がします。本来、トップダウンではなく、みんなで議論して、いいものをアウトプットしていく方がいい。そのためにはアウトプットや意見を言えることが必要です。多様性を求められるのですから、正しいか正しくないかではなく、意見を持つことは大事です。

    笑顔で視覚障害者の伴走をする伊藤さん(右)=東京都千代田区で2017年3月5日、西本勝撮影

     ――パラリンピックはどうですか。

     ◆パラリンピックはオリンピックとは役割が違うと思います。パラリンピックはより共生社会や多様性というメッセージを発信しやすい。ハンディのある方を、ハンディがあるから何かができないと思い込むのではなく、いろいろな人の視点を取り入れることが求められます。その点でパラアスリートの役割は大きい。選手たちは育ってきたバックグラウンドも、後天的だったり、先天的だったりハンディの種類も全然違います。もっともっと街に出てくる社会になってほしい。海外にはいっぱいいます。パラリンピックで使う器具は、介護にも使えたらいいですし、やる気のある技術者もたくさんいますから、そういう方たちの情熱を社会に向けられたらなと思います。

     ――競技としては。

     ◆面白かったのはゴールボールです。素人がやると爆笑します。見ているとホント面白くて、みんなすごく一生懸命やっているのに、違うところでキープしていたり。笑ったり、声を出したりして応援してはいけないからこらえるのが必死で面白かったです。ボッチャもやりますし、ブラインドサッカーも見に行きました。シッティングバレーも体験して、日本代表の選手と交流しました。目に見えないことなどをスポーツで体験できるので、やってみることが一番いいですね。リスペクトも生まれます。ブラインドサッカーの選手は、「フィールドの中が一番怖くない」と言っていました。世の中より全然怖くない。自分らしくいられると。そういうことを聞けて、いろんなことに気づきます。メダルを取るというのではなく、なにかメッセージが出せたらと思います。

     ――本番に世界中の人が来ることをどのようにイメージしていますか。

     ◆いつもの日本ではなくなるのでは。でも、海外の人は「日本はきれいで安全で行きたい」と言います。東京へのイメージがすごく強い。すごい町、すごくいい町、行きたいという人が多いです。日本よりも海外のアスリートから注目されている感が伝わります。「東京オリンピック・パラリンピックで働きたいんだけどどうしたらいい?」と海外から連絡がきます。日本にどれだけの人が集まるか。選手も競技数も増えていますから。無事に、まずは終わること、そしてその先も大事ですね。

    NTCで行われるバスケットボール女子代表の練習を古海五月・専任コーチングディレクター(奥左)と見つめる伊藤さん(同右)=東京都北区で2018年6月26日、根岸基弘撮影

     ――7月27日に文京シビックホール大ホール(東京都文京区)で開かれるオリンピック1年前イベント「JOCオリンピック教室校外編 IL DEVU & オリンピアン スポーツと音楽の祭典」に、クラシック・ボーカル・グループ「IL DEVU」の5人、オリンピアンの大山加奈さん(バレーボール)、小塚崇彦さん(フィギュアスケート)、高平慎士さん(陸上競技)と現役アスリートの東莉央さん、晟良さんと一緒に出演されます。

     ◆普段のオリンピック教室は30人前後の生徒を対象にしているのでうまく伝えられるか不安ですが、オリンピックの概念や精神を多くの人に知ってもらう機会にはなるのかなと思って、楽しみにしています。出演する4人ともみんなしゃべる人なので役割分担して話します。

     ――音楽家とのコラボレーションはどうですか。

     ◆クラシックは好きです。音楽もスポーツも同じ、文化というカテゴリーに入るので、ミュージシャンの友達も多くて、話すと通じる、つながる部分があります。アウトプットはだいぶ違いますが、音楽もスポーツも言語のいらない世界共通のツールですから。すごく楽しみです。

     「JOCオリンピック教室校外編 IL DEVU&オリンピアン スポーツと音楽の祭典」は7月27日午後3時から、文京シビックホール大ホールで。一般2000円、高校生以下500円。チケットのお問い合わせはサンライズプロモーションhttps://sunrisetokyo.com/ 電話0570・00・3337(全日、10~18時)

    いとう・はなえ

     1985年生まれ、さいたま市出身。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会広報部戦略広報課担当係長。日本大学、早稲田大学学術院・スポーツ科学研究科を経て、順天堂大学・スポーツ健康科学部で博士号を取得。競泳の背泳ぎと自由形で、オリンピック2回、世界選手権6回出場。2008年北京オリンピックでは100メートル背泳ぎ8位入賞、200メートル背泳ぎで12位、12年ロンドンオリンピックではフリーリレー2種目で入賞。同年9月に現役を引退した。

    本橋由紀

    毎日新聞オリンピック・パラリンピック室委員/東京編集編成局編集委員。1963年東京都生まれ。1987年入社。東京社会部、英文編集長、夕刊編集部デスクなどを経て2011年に福島支局長、13年地方部長など。18年7月から現職。高校時代は水泳部、早稲田大学ではラグビー蹴球部副務を務めた。17年のつくばマラソンを3時間43分59秒で走り、ベストを更新した。