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日本文化をハザマで考える

第6回 漱石のような作家が使う言葉の逆の意味

夏目漱石

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 15年ほど前であったか、大阪でアイルランド人のバーテンダーと「やばい」という言葉について話し合ったことを覚えている。その言葉は、もともとは犯罪者が警察に捕まりそうになることを表すために使われたが、その後一般にも「不都合だ」という意味で使われ始めた。私は「英語に翻訳するのが難しい言葉だ」とぼやいていた。

     ダブリン出身の友人は、そのようなもったいぶったたわごとに我慢できないのが常で、私の言葉をさえぎって「やばいっていうのは****という意味だよ!」と言ったので、思わず笑ったが、実際それが一番いい翻訳だと思う。

     しかし、2年前に新聞を読んでいたら、「やばい」という言葉の意味がすっかり変わったということを知ってショックを受けた。すでに10年も前から、70%のティーンエージャーは、「やばい」という言葉を「すばらしい」という意味で使っていたらしいのだ。

     言葉がその意味を変えて使われるというのは面白い。例えば、英語の「Sick」(病気の)という言葉は、2、3年前から若者たちの間では「すごい」という意味で使われ、「Wicked!」(邪悪な)は「素晴らしい!」という意味でもずっと使われている。

     人々が言葉に求めるのは、必ずしも意味のわかりやすさではない。言語は、常に以前の意味をひっくり返し、覆そうとするような、絶えず変わり続ける人間の状況を代弁することがある。

     言葉が本来とは反対の、皮肉の意味に使われるということは、何も今に始まったことではない。「倫敦塔」(1905年)で、夏目漱石は「反語」という言葉を引き合いに出している。

     「世に反語というがある。白というて黒を意味し、小と唱えて大を思わしむ。すべての反語のうち自ら知らずして後世に残す反語ほど猛烈なるはまたとあるまい」

     実際、漱石は「先生」という言葉が、皮肉にも「ばか」という意味にも使われると指摘した。面白いことに、漱石の「こころ」のような古典的な作品が、真剣な教師によって若い生徒たちに教えられる場合、若い生徒たちのほとんどは漱石が使う言葉の逆の意味が全くわかっていない。漱石が「先生」のような登場人物を書く時、彼は果たして読者にそのままの意味で受け取ってほしいのだろうか、それとも「皮肉な逆の意味」で、だろうか。ほとんどの教師でさえ、皮肉の意味がわかっていないようである。

     おそらく若い生徒たちは、言葉の意味をすばやく変えるのに慣れているので、漱石の巧みな風刺の使い方を教師よりも理解しやすいだろう。「『こころ』の中に出てくる先生はやばい」というような曖昧な言い方には、たぶん教師は眉をひそめるだろうが、それはまさしく漱石が意図した、逆のニュアンスを持つ「反語」だと言えるだろう。

    @DamianFlanagan

    ダミアン・フラナガン

    ダミアン・フラナガン(Damian Flanagan) 1969年英国生まれ。作家・評論家。ケンブリッジ大在学中の89~90年、東京と京都に留学。93~99年に神戸大で研究活動。日本文学の修士課程、博士課程を経て、2000年に博士号取得。現在、兵庫県西宮市とマンチェスターに住まいを持って著作活動している。著書に「世界文学のスーパースター夏目漱石」。

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