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福井の恐竜化石発掘調査30年 きっかけの発見者、松田亜規さん

自身が載った福井県立博物館(当時)の図録を手にし、化石発見を振り返る松田亜規さん=福井県鯖江市で2019年6月10日午後2時4分、大森治幸撮影

 福井県が1989年から進めてきた恐竜化石発掘調査は今年で30年の節目を迎えた。調査に着手するきっかけになったのは、82年に中学生だった松田亜規さん(50)=同県鯖江市=が石川県で恐竜の歯の化石を見つけたことだ。その後、福井での化石産出は相次いでおり、「恐竜王国」の代名詞は今や欠かせない。

 松田さんが化石を見つけたのは中学2年だった82年、家族で石川県白峰村(現白山市)に出かけた時だった。向かった「桑島化石壁」には、白亜紀前期(約1億3000万年前)の地層が露出している。

 松田さんは近くに落ちていた石の中から握りこぶしほどの大きさの黒鉛色の石を拾い、自宅で保管していた。石の中から化石が見つかり、専門家の鑑定によって肉食恐竜のものと判明。「同じ地層が広がる福井でも恐竜の化石が見つかるのでは」との期待が県内で高まり、89年の調査開始につながった。

 以来、30年がたつ。今年の6月、今夏の調査開始を前に松田さんと会い、発見にまつわる秘話や今後の恐竜研究への期待を聞いた。【大森治幸】

 ――自宅に置いていた化石が、どのような経緯で恐竜のものと分かったのですか

 拾ってから3年後の85年、いとこの女の子が「夏休みの自由研究に使いたい」と言うので、貸してあげたのです。彼女は化石を福井市自然史博物館に持って行き、何の化石かを調べてもらった。

 それが当時福井県立博物館の学芸員だった東洋一さん(現・福井県立恐竜博物館特別館長)の耳に入り、実物を見た東さんが「恐竜の歯だ」と指摘したのがきっかけです。記者発表は86年春、私が高校3年生の時でしたね。

 ――当時としては日本海側で見つかった初の恐竜化石です。一躍、「時の人」となったことでしょう

 注目を浴びたとの実感はありません。記者発表されたのが春休み中だったこともあるのか、その後に登校した時もあまり話題になりませんでしたよ。でも、クラスメートからは時折、私の名前をもじって「アキザウルス」と冗談っぽく言われたことはありますね。普段の呼び名は「あきちゃん」でしたが。

 ――恐竜化石の発見者ならではのエピソードはありますか

 それも特にありませんが、息子が使っていた小学校の理科の教科書に私のことが紹介されていて、「載ってるよ」と見せてくれたことはありましたね。

 今は介護士で恐竜に関係した職ではありませんが、施設の利用者に化石のレプリカを見せて当時の話をしたことはありましたね。

 ――松田さんが扉を開けたとも言える恐竜研究への期待は

 私が見つけなくても、遅かれ早かれ誰かが見つけていたと思いますよ。私が見つけたのは本当にたまたま。

 実は私自身、5~6年前まで「本当に恐竜っていたの?」と懐疑的だったんです。でも、ここまでたくさんの化石が出ると、いたのだと思うようになったし、今の様子だとまだまだ出てくるのではという気もしますね。

 頭を含めた全身の骨格や、(鳥類とのつながりを示す)羽毛がついた化石なんかが出てきたらおもしろいですよね。出たら出ただけ研究が進むのでしょうし、調査の動きは気にしています。

 福井県立恐竜博物館特別館長・東洋一さん(69)の話 福井県が恐竜と関わるきっかけをつくったのが松田さんの発見だ。あの発見があったから「福井でも恐竜化石を掘ろう」となり、実際に化石が出てきた。以降、2000年に県立恐竜博物館が作られ、13年には県立大に恐竜学研究所が設立され、今日に至る。

 足跡の化石から見れば、まだ見つかっていない大型の恐竜も間違いなくいる。今後も太古の謎に迫る調査・研究を進めたい。

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